【GoTo書店!!わたしの一冊】第5回『日本人の働き方100年(定点観測者としての通信社)』(公財)新聞通信調査会 著・刊/濱口 桂一郎
写真で語る近代労働史
本書は1月16日から東京国際フォーラムで開催される予定だった写真展の図録である。「予定だった」というのは、1月8日に再び発令されたコロナ禍の緊急事態宣言の煽りを食らって延期されてしまったからだ。そのため、本来なら会場で販売されるはずだった本書は、今は寂しく書店の片隅に並んでいる。とはいえ、この図録は単独の写真本としても大変興味深いものになっている。いわば、写真で語る近代日本労働史とでもいうべきものになっているのだ。
まず劈頭を飾るのが今からほぼ1世紀前の1920年、大日本労働総同盟友愛会が主催した日本最初のメーデーの写真だが、その後は横浜市電の総罷業、日本ゼネラルモータースの越年争議、鐘紡争議で募金活動する女性たち、東京市電の罷業本部で炊き出しする女性車掌たち、女工哀史で有名な東洋モスリン亀戸工場の争議、住友製鋼所の争議への差し入れ風景、事務所に立てこもって気勢を上げる山岡発動機工作所争議団――などと、どれもこれも闘う労働者の姿ばかりが映っている。
いや雇用されている労働者だけではない。相撲の力士たちが待遇改善を求めて中華料理店に籠城しているかと思えば、浅草松竹座のレビューガールたちも待遇改善を求めて気勢を上げている。平成、令和のすっかり争議を忘れてしまった日本人に比べれば、戦前の日本人の方がはるかに闘争心をむき出しにしていたのだ。
敗戦後も日本人は労働争議に明け暮れた。東宝争議の写真に写っているのは鎮圧にやってきた米軍の戦車である。「来なかったのは軍艦だけ」といわれたこの争議では、組合側で黒澤明監督や三船敏郎らが活躍したことでも知られている。デパートでも「三越にはストもございます」と48時間ストライキに突入した。しかし、郵便、国鉄といった公共サービスのストライキは、民間労働者の共感を呼ぶどころか反発を招き、やがてこれら公共部門の民営化の遠因ともなっていくことになる。
平成時代の労使紛争の写真は、2013年の大相撲の八百長問題をめぐる蒼国来の解雇紛争と、2004年のプロ野球選手会によるストライキだけである。大相撲とプロ野球。労働をめぐる紛争は、いまや華やかなプロスポーツの世界でしか表舞台に現れなくなってしまったかの如きである。
その代わりにデモの写真はいっぱいある。しかし、デモは所詮デモに過ぎない。ストライキが会社と斬り合う真剣勝負であるとすれば、デモは広く世間一般に訴えかけているだけだ。そして、戦前や戦後のデモの写真が、メーデーにおける労働者の団結を誇示するデモンストレーションであったのに対し、近年のデモの写真は、労働時間規制や派遣切りといった労働政策テーマに対するマイノリティーグループのアドボカシー活動以上のものではない。そのプラカードに「原発反対」とか「海外派兵反対」とかあっても何の違和感もないだろう。それがたまたま労働運動を名乗っていたとしても、いかなる意味でも労働争議と呼ぶことはできない。
選者:JIL―PT 労働政策研究所長 濱口 桂一郎
同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。