【GoTo書店!!わたしの一冊】第10回『藝人春秋2・3』水道橋博士 著/角田 龍平
「政笑分離」の警鐘鳴らす
〈事前資料で金澤朋子さんの読書リストをチェックして、こんなに読書好きなのかと感心する。美人であり、あんな歌声を持っていれば読書などしなくても良いのに。でも読書は鏡であり扉でもあるわけだから……もっともっと飛翔して欲しいですね〉。
対談相手のアイドルを論評した水道橋博士のツイートが、女性蔑視と物議を醸している。確かに、文理解釈すれば「美人は読書しなくて良い」。反対解釈すれば「器量が悪いと読書しなければならない」となる。博士は、「お笑い界の森喜朗」なのだろうか。
当該ツイートを一読して、大槻ケンヂの自伝的青春小説『グミ・チョコレート・パイン』を想起した。教室の片隅で不安感と自己嫌悪に苛まれて高校生活を送る主人公の賢三は、ひとり通い続けた名画座でスクールカーストの頂にいるクラスのマドンナ美甘子と遭遇する。実は美甘子も賢三が愛するB級ホラー映画のマニアだった。
「サブカル少年の夢想が現実化した歓喜と動揺」。博士が賢三と同様に悶々とした高校時代を過ごしたことを知っている私は、ツイートの真意を類推解釈した。本人も、noteで〈学校を一年間休んで、ポツンとひとりきり、読書と映画漬けの日々を送った。(中略)大人になっても何時も、「あの頃。」に思いを馳せてしまう。そして、今、アイドルと対談ができる自分―。彼女たちの眩しい青春を目の当たりにすると、その才色兼備を憧憬の目で讃えながら、自分の灰色な思春期を振り返ってしまう〉と吐露している。
終わりなき「あの頃。」が招いたのは、舌禍(厳密にいうとツイッターなので「指禍」)という副反応だけではない。博士の「あの頃。」の愛読書は、ビートたけしの自叙伝『たけし!オレの毒ガス半生記』と反骨のルポライター竹中労の『ルポライター事始』だった。読書を鏡に扉を開けて飛翔した博士は、ビートたけしに弟子入りして芸人になり、『藝人春秋』という傑作ルポルタージュを著した。美醜で地雷を踏む博士しか知らない人たちに、美文で韻を踏む博士を知ってほしい。
今回紹介する『藝人春秋2・3』は、『藝人春秋2』の上下巻として発売された単行本を、ナンバリングを改めて文庫化したものである。2巻では、博士が目撃した「お笑いビッグ3」たけし・さんま・タモリの知られざる逸話などが綴られ、清々しい読後感が得られる。副題が『ハカセより愛をこめて』というのも頷ける。一方、3巻の副題は『死ぬのは奴らだ』。いずれも映画『007』のタイトルを引用しているのは、博士がスパイとして芸能界に潜入しているという設定に由る。
スパイの報告書は読後感の良いものばかりではない。大阪のテレビ業界に警鐘を鳴らす3巻こそ、反骨のルポライター芸人の真骨頂といえる。いつの頃からか、大阪では為政者がバラエティー番組に頻繁に登場し、プロパガンダが行われるようになった。博士の内部告発で、大阪の喫緊の課題が「政教分離」ならぬ「政笑分離」だと知った読者はつぶやくだろう。「芸人がこんな本を書かなくても良いのに」。
選者:角田龍平の法律事務所 角田 龍平(すみだ りゅうへい)
同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。