【GoTo書店!!わたしの一冊】第11回『持続可能な魂の利用』松田 青子 著/大矢 博子
「おじさん」問題が革命へ
国内のみならず世界的なニュースになってしまった先月の森元首相の女性差別発言。残念だったのは、あのとき「ただの冗談じゃないか」「騒ぎ過ぎ」という意見が聞かれたことだ。そう思った人にぜひ読んでいただきたいのが松田青子『持続可能な魂の利用』だ。
少女たちの姿が「おじさん」の目に映らなくなった。楽しみを奪われた「おじさん」たちは騒ぎ、不機嫌になり、なんとかしろと高圧的にアピールした。だが誰も、自分たちに原因があるとは考えなかった。世間はそんな「おじさん」たちを放置することに決め、少女たちは自由を獲得した――という近未来SFのようなエピソードで幕を明ける。
ここでいう「おじさん」とは中高年男性のことではない。既得権益を当然のものとし、意識的か無意識かにかかわらず他者の尊厳を踏みにじる存在の総称だ。だから若い「おじさん」も女性の「おじさん」もいる。それをまず覚えておいていただきたい。
近未来のような序盤から一転、物語は現代に移る。巧妙なセクハラで退職に追い込まれた後、笑わないアイドルにのめり込む三十歳代の敬子。敬子の妹で、カナダで同性の恋人と暮らす美穂子。敬子を陥れたセクハラ社員を自分が倒すと誓い、スタンガンを持ち歩く派遣社員の歩。アイドルだった過去を隠して魔法少女のアニメにはまる真奈。4カ月の息子を持つ由紀。彼女たちの目をとおして「おじさん社会」の様ざまな理不尽が描かれる。
女の子には可愛らしさと従順が要求されること。低用量ピルの問題に代表される、女性が自分の体をコントロールすることへの不寛容。横行する痴漢や性暴力。訴えれば自意識過剰だと嗤われる。女性から名字を奪い、賃金は低く抑え、出産を保険の適用外にし、保育園は増やさないままで、少子化を女性のせいにする。
なぜこんな社会になったのか。彼女たちは喝破する。〈この社会は、これまで「おじさん」によって運営されてきた〉、〈女性にそうさせている男性の存在は無視して、女性だけを問題にして、非難することが当たり前になってる。そのシステム自体は絶対に問題視しない。これじゃ男性はまるで透明人間〉
物語の合間に、序章の続きらしい近未来の学校の女子生徒たちが過去(つまり現在)のアイドルについて研究発表をするというパートが挿入される。
この部分は「おじさん」社会への秀逸な皮肉だが、注目すべきはこんな未来が訪れるに至った理由である。この物語には恐るべき、けれど同時にどこかで納得してしまう「真相」と「展開」が用意されている。彼女たちの嫌悪と苛立ちは革命を呼び、それがこの近未来へ結び付くのだ。
〈「おじさん」から自由になりたい。「おじさん」が決めない世界を見てみたい。「おじさん」がいなくなれば社会構造が劇的に変わるはずだ。その社会を見たい〉
ストレートな告発の物語だ。これを読んで反発する人や冷笑する人もいるだろう。だが立ち止まって考えてみてほしい。その反発や冷笑こそ「おじさん」の証拠かもしれないのだから。
選者:書評家 大矢 博子(おおや ひろこ)
同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。