【主張】留学費貸与制度の点検を
本紙報道(令和3年3月8日号3面)によると、東京地裁は、みずほ証券事件で、海外留学直後に同業他社へ転職した労働者に対する合計3000万円を上回る損害賠償請求を認めた。
近年の経済グローバル化の進展で、労働者の海外留学・海外研修の機会が増大しており企業は十分吟味すべき裁判例といえる。労働基準法第16条の「賠償予定の禁止」に当たるかどうかに関しては、厳しい判断基準があり、合理性が否定されると企業にとって大きなダメージとなりかねない。労働者の自由意思を尊重するなど、同判決を参考に制度改善を図るよう勧めたい。
労働者が業務遂行能力を高める目的で、海外留学する機会が増加している。海外留学費用は同裁判例のように総額数千万円に及ぶことがある。労働者個人には賄えきれない金額であり、その全部または一部を企業が負担するケースが少なくない。企業としては留学終了後にコストに見合った利益を回収しようとする意思が働くのは無理はない。
しかし、この点を強く打ち出し過ぎると、トラブルとなりかねないので要注意である。労基法第16条には「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と明記している。労働者を留学させたのは良いが、費用負担とその返済・回収が実質的に転職防止策、足止め策と結び付くと、同条違反となる。当然、刑罰法規違反であり、留学費用の回収など不可能となる。
同裁判例が示唆しているのは、留学は労働者の自由意思であることを前提とし、留学費用の支給を「免除特約付き消費貸借」と位置付けて契約を整える必要がある点だ。契約によって、留学後の必要勤続期間を5年以下とすること、労働者本人のキャリア形成に資するものであることを強調する必要がある。
労働者の自由意思を前提とする形式を整えても、修得知識が業務遂行に密接に関連していたり、選択科目の範囲が狭かったりすると、実質上、自由意思を否定される可能性が高まる。この機に自社の留学制度を再点検して欲しい。