【GoTo書店!!わたしの一冊】第15回『ひよっこ社労士のヒナコ』水生 大海 著/大矢 博子

2021.04.15 【書評】
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労務問題を謎解き形式で

水生大海著、文春文庫刊、800円+税

 勤務態度の悪い社員を叱責したところ、翌日から会社に来なくなった。連絡を入れても梨の礫。辞めるのか続ける気があるのかはっきりしろと留守電に入れると、1カ月近く経ってようやく退職するとの回答が来た。

 ところが本人は、欠勤した分は年次有給休暇扱いにして給与を払え、さらにそちらが辞めさせたのだから離職票は自己都合ではなく会社都合の解雇にしろと主張。解雇か辞職かはいったいわないの水掛け論だ。さてどうする――?

 というイカニモありそうな社内の事件で幕を開けるのは、水生大海『ひよっこ社労士のヒナコ』である。

 主人公は26歳の朝倉雛子。派遣社員として働いていたが一念発起して社会保険労務士の資格を取り、小さな事務所に所属したばかりの新米社労士だ。本書はヒナコが様ざまな会社と付き合う中で直面した労務上の問題や事件を、ミステリ仕立ての連作短編の形で綴ったひよっこ社労士の奮闘記である。

 前述の退職前の年休消化と退職事由の一件に始まり、ブラックバイトやSNSでのバイトテロの問題、妊娠した社員を穏便に辞めさせたいと相談してくる経営者、パワハラや労災隠し、裁量労働制の職場なのに上司のアシスタント業務しかさせてもらえない社員からの苦情などなど、うわー、あるわー、といいたくなるような問題ばかり全6話、収録されている。

 各編とも、会社の方針や慣習と社員の言い分の両方がきちんと提示されているので、経験のある社労士なら落としどころはだいたい見当が付くだろう。だがポイントはその先にある。問題解決に奔走する中で、ヒナコはその問題の影に隠されていた別の問題や意外な事実に気付くのだ。クライアントとの何気ない会話の中にヒントがあり、それらをつなぎ合わせて真相を推理していく。ミステリーとしてとてもよくできているのである。

 ただしヒナコは、社労士になってまだ1年目のひよっこ。知識で真相を見抜き、目の前の事件を表面上は解決できても、その企業や社会が抱える構造的な問題までは変えられない。人が何を不満に思い、何を守りたいかという思いにも手は出せない。企業に雇われた側という職分もある。ヒナコは、時には若さゆえの正義に暴走し、その都度自分の限界を思い知らされる。そうして悩んだり泣いたりしながらも、一歩ずつ前に進んでいくのだ。

 最大の魅力は、様ざまな会社の様ざまな立場の人を描くことで、雇う側も雇われる側もそれぞれ事情と背景を抱えたひとりの人間なのだという当たり前の事実が浮かび上がることだ。会社は人の集まり――もしかしたらそれは、最も基本的なことにして、最も忘れられがちなことかもしれない。

 続編『きみの正義は 社労士のヒナコ』では2年目のヒナコがセクハラやサービス残業などに立ち向かう。テーマはシビアだが筆致もキャラクターも軽やかでユーモラス。くすりと笑える会話も多く読みやすい。ヒナコの成長に触れ、謎解きに膝を打ち、労務の勉強までできてしまうお得なシリーズである。

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。

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令和3年4月26日第3302号7面 掲載
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