【GoTo書店!!わたしの一冊】第16回『法学を学ぶのはなぜ?』森田 果 著/大内 伸哉

2021.04.22 【書評】
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「使わないこと」にも価値

森田果著、有斐閣刊、1400円+税

 私は、昨秋から神戸大学の学際教育センター長という職に就いている。学際教育は、英語ではInterdisciplinary programsだが、このポストに法学研究科に本籍を置く私が就くのは、どうも適任ではなさそうだ。本書によると、法学はディシプリン(discipline)がない学問だからだ。

 本書は、法学部生を相手にした法学入門書だが、法とは何かについて日頃疑問を持つ人にも明快な指針を与えてくれる。要するに、法は、ときにはムチで、ときにはアメで人の行動に影響を与える正負のインセンティブなのだ。それを要件と効果を組み合わせて「ことば」で示すところに法の特徴がある。また、法学は、固有のディシプリン(分析の方法論)を持たない学問分野であり、その点で経済学や自然科学などと違う。

 学際的な会合の場で、法学に期待されるのは、単なる法的知識(国内外の法の内容や歴史など)の提供であることが多い。法学側からすると、こうした知識は研究の素材にすぎず、そこから導き出される具体的な立法論や解釈論の成果こそ大切だといいたいところだが、他の学問分野からは、その成果が法学に固有のものかが怪しく映るようだ。法に関係しているから、法「的」なのだが、法に精通する他分野の研究者からの科学的な根拠に基づく議論(とくに立法論)に対すると分が悪いことも多い。本書も、「法は他の科学を利用する立場だ」と言い切る。

 法の目的は、本書も指摘するように社会を望ましくすることだ。とくに法には、紛争を解決したり、予防したりする使命がある。ルールを言語化し、論理によって解釈・適用される法は、紛争の平和的な解決に役立つし、言語化されたルールの存在自体が、紛争防止に役立つ。言語と論理の重要性を知ることは、法学を学ぶことの効用だ。ただ、これは良き市民が標準的に持つべき教養ともいえる。

 一方、法は権力を背景とした権威性をもつ。そのことが、紛争解決にマイナスとなることもある。私の労働委員会での長年の実務経験からも、法特有の権利義務論を持ち出さないほうが、かえって紛争解決に成功しやすい。法は「鋭利なメス」なので、できればそれを使わないほうが「予後」も良い。法を上手く使う技芸もまた、良き市民の教養に含まれよう。

 学問としての法学は、他の部門分野に負けないようディシプリンを模索したり、それがあるフリをすることがあった。しかし、ディシプリンがないことを卑下すべきではない。その存在自体で役立つが、できるだけ使わないほうが良いという法の逆説的な構造をしっかり学び、法を上手く使いこなす(使わないことも含む)ことには、大きな社会的価値があるはずだ。科学的な議論は他の分野の成果を拝借すると割り切り、法を本当の意味で社会に役立つように活用できる実践的な教養人を育成することこそ、法学教育に携わる者の使命だろう。

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神戸大学大学院 法学研究科
教授 大内 伸哉 氏

選者:神戸大学大学院 法学研究科 教授 大内 伸哉(おおうち しんや)
 研究テーマは、DXが雇用へ与える影響や、新しい働き方(テレワーク、フリーランスなど)の拡大がもたらす法政策の課題など。

 同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。

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令和3年5月3日第3303号7面 掲載
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