【GoTo書店!!わたしの一冊】第17回『人事の古代史―律令官人制からみた古代日本』十川 陽一 著/濱口 桂一郎

2021.04.30 【書評】
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職能資格制は有史1000年

十川陽一著・ちくま新書刊、860円+税

 人事といっても古代日本、律令制を導入して左大臣だの中納言だのとやっていた時代の人事の本だ。ところがこれがめっぽう面白い。歴史書としてもそうだが、人事労務管理の観点からも大変興味深いのだ。

 律令制以前の日本はウジ社会。要するに豪族たちの血縁原理でもって世の中が動いていたわけだが、諸般の事情で中国化せねばならなくなり、身の丈に合わない律令制というやたらに細かな法制度を導入することになった、というのは読者諸氏が高校日本史で勉強したとおり。

 ところがその人事制度をみていくと、本家の中華帝国とは一味違う仕組みになっているのだ。日本の律令制では、官人にまず位階を付与する。正一位から少初位下までの30段階のあれだ。これとは別に官職というのがある。大納言とか治部少輔とか出羽守とかのあれだ。そして、これくらいの位階ならこれくらいの官職というのが大体決まっている。大納言は正三位、治部少輔や出羽守は従五位という具合だ。ところが元になった唐の律令制ではそういう風になっていない。吏部尚書は正三品、御史大夫は従三品とかいっても、それは官職のランクにすぎない。ヒトについたランクではない。逆にいえば、日本ではまず人にランクを付けて、それからおもむろに官職を当てはめるのだ。

 あれ? どこかで聞いたような話だと思わないだろうか。そう、古代日本の律令制は職能資格制であるのに対して、中国の律令制は(そういいたければ)ジョブ型なのだ。その結果何が起こるか。位階はあってもはめ込むべき官職のないあぶれ者が発生する。これを「散位(さんに)」と呼ぶ。仕事がないので散位寮に出仕させるのだが、六位以下では無給になる。正確にいうと、五位以上には位封など身分給があるが、六位以下は職務給だけなので、散位だと収入がなくなる。

 そこで、写経所でアルバイトをする。博物館に展示してあるあれだ。写経所は令外の官司(律令外の公的機関)であり、ある意味あぶれた官人のための公共事業という側面もあったようだ。これが出来高払いで、誤字脱字があると減給される。日本の課長になれない参事二級が「働かないおじさん」をやっても基本給はもらえるのに比べると、なかなか厳しい世界だ。

 ちなみに、ジョブ型の中国では、「散位」はないが「散官」がある。中身のない官職なのだが、開府儀同三司とか驃騎大将軍とかやたらに偉そうな名前が付いている。思い出すのは前回紹介した『ブルシット・ジョブ』に出てきたブルシット・ジョブのジョブ・ディスクリプションを延々と作る人の話だ(本紙4月12日号同欄)。

 時は流れ、イエ社会が諸般の事情で近代化せねばならなくなってからも、似たようなことが起こっているのは御承知のとおり。まずヒトにランクを付けるというやり方は千年以上経っても変わらないようだ。「雇用問題は先祖返り」とは、数年前に『HRmics』誌に連載したときのタイトルだが、千数百年前のデジャビュを演じていたとは流石に知らなかった。

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JIL-PT 労働政策研究所長 濱口 桂一郎 氏

選者:JIL―PT 労働政策研究所長 濱口 桂一郎

同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。

令和3年5月10日第3304号7面 掲載
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