【GoTo書店!!わたしの一冊】第20回『暴力と不平等の人類史』ウォルター・シャイデル 著/濱口 桂一郎
“第四の騎士”は転身か?
2006年末、朝日新聞社の雑誌『論座』2007年1月号に大きな議論を巻き起こした論文が載った。赤木智弘の「『丸山真男』をひっぱたきたい―31歳、フリーター。希望は戦争」だ。曰く「平和が続けば、このような不平等が一生続くのだ。そうした閉塞状態を打破し、流動性を生み出してくれるかも知れない何か―。その可能性の一つが、戦争である」、「戦争は悲惨だ。しかし、その悲惨さは『持つものが何かを失う』から悲惨なのであって『何も持っていない』私からすれば、戦争は悲惨でも何でもなく、むしろチャンスとなる」。
これに対し左派文化人は、戦争がいかに悲惨かを説くばかりで、赤木の主張の本丸に正面から向かい合おうとするものはなかった。少なくとも同年11月に刊行された著書『若者を見殺しにする国』(双風舎)で赤木はそう慨嘆していた。その赤木の提起に正面から答える大著が、2019年6月に刊行された本書である。原題は「The Great Leveler」。レヴェラーとは近世イギリスの急進的平等主義者のことだ。700頁を超える本書は古今東西の史実を縦横に引用しながら、人類史において平等をもたらしてきたのは、戦争、革命、崩壊、疫病という「平等化の四騎士」であったことを論証する。
そのトップバッターとして登場するのは日本だ。戦前、欧米諸国よりも所得分配が不平等だった極東の国が、国家総力戦体制の下で急激に平等化していった姿を克明に描き出す。1938年から1945年の7年間で、上位1%の所得シェアは19.9%から6.4%に下落している。その経緯の一端は、私も『日本の労働法政策』において「社会主義の時代」と呼んで論じた。日本では確かに戦争と戦後の混乱が平等をもたらし、平和はじわじわと不平等を招き入れてきたのである。それは他の多くの諸国でも同様であった。
この歴史像はトマ・ピケティの『21世紀の資本』における「資本収益率>経済成長率ゆえに格差が拡大するのであり、20世紀は戦争と革命のおかげでそれが逆転しただけ」という主張とも響き合う。戦場の死屍累々に匹敵する平等化の旗手(レヴェラー)は、ソ連や中国のような革命という名の自国民への大虐殺だったというのも、さらに一層陰鬱な歴史像であろう。四騎士に代わる平和的平等化の企てをことごとく吟味した著者は、「暴力的衝撃と全く無関係に物質的不平等が少なからず軽減したという論理的かつ確実な裏付けのある事例を見つけるのは難しい」と結論付ける。
著者は四騎士は馬から下りたという。そして正気の人間なら彼らの復帰を決して望まないだろうと。おおむね正しいが、一点だけ彼の予言は外れた。コロナ禍直前に刊行された本書は「疫病による大量死の可能性は低い」と述べていたが、今や世界中でコロナ死者は300万人を超えている。しかし過去1年余りの経験は、感染のリスクに身をさらす弱者を痛めつけ、リスクから身を引き離せる強者を守り、世界中で格差が拡大しつつあることを示している。疫病という第四の騎士はレヴェラーから用心棒に転身したのであろうか。
選者:JIL―PT 労働政策研究所長 濱口 桂一郎
同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。