【GoTo書店!!わたしの一冊】第22回『パニック障害、僕はこうして脱出した』円 広志 著/角田 龍平
発想転換で人生は変わる
2018年8月21日。毎年、大阪のライブハウスで開催される円広志さんの誕生日パーティーは、音楽仲間が次々と歌を披露してから、最後に御大自らステージへ上がる。その夜、65歳の誕生日を迎えた円さんがギターを弾きながら歌ったのは、CCRの『雨を見たかい』だった。「晴れた日に降ってくる雨をみたことがあるかい?」と問い掛ける70年代を代表するロックナンバーは、ベトナム戦争で使われたナパーム弾を歌った反戦歌と解釈されている。しかし、客席にいた私は、英語の歌詞を字義どおり解釈し、円さんの人生を重ね合わせた。
円さんの晴れ渡る人生に突然雨が降り出したのは、1999年のことだった。「とんで とんで」のリフレインでお馴染み『夢想花』の大ヒットから20年。円さんは、歌手活動の他にもテレビ・ラジオのレギュラー番組を6本抱えて、多忙を極めていた。そんな円さんに不調の兆しがみえたのは、ある早朝番組の本番収録中のことだった。酒に酔っているわけでもないのに、妙に体がふらついた。収録が進むにつれて調子は悪くなり、脂汗が出て、眩暈がした。倒れそうになるのを必死に堪えて、何とか本番終了までやり過ごしたが、収録現場でのふらつきはその後も続いた。
車の運転中に大渋滞に巻き込まれ、ブレーキを踏んでいるというのに、景色が勝手に動き出すという体験をしてから、円さんの日常生活はさらにぎこちなくなっていく。テレビの収録中、息がつまって呼吸ができなくなった。ステージの仕事で、スポットライトが怖くなった。何をしても恐怖がまとわりつく。今度はどんな恐怖が襲うのだろうか。そう考えただけで、頭は恐怖に支配された。
発作が起こってから8カ月後。番組の収録を終えた円さんは、体がふらつくのを我慢してテレビ局の階段を下り、駐車場へ出ると、マネージャーに「今日で番組全部降ろしてくれ」と告げて号泣した。それまで、マネージャーには不調を訴えていたが、医者にはかかっていなかった。病院で診察を受けたら最後、即入院で番組を降板しなければならなくなるという確信があったからだ。休養してからようやく病院巡りを開始した円さんは、「パニック障害」と診断されて安堵した。自分を苦しめている得体の知れない不安や恐怖がどこから来ているか分からない状況が一番苦しかった。
円さんは、病気をする前、〈自分は番組に必要だ〉と思っていた。しかし、病気で休んでも、視聴率は上がったし、代わりはたくさんいた。その経験から、〈自分がいないと会社は成り立たない〉と思うのは間違いであると明言する。円さん曰く、発想を少し変えるだけで、人生は変わる。1年のうち雨の日が5分の1あるとすると、雨の嫌いな人は人生を5分の4しか楽しめていない。もし雨の日も好きになれば、人生を丸々楽しむことができると提言する。
最近もトップアスリートや人気女優がメンタルヘルスをそこない、休養を余儀なくされた。本書を読んで、晴れた日に突然降ってくる雨への処し方を知ることは大変有用だ。
選者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平
同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。