【GoTo書店!!わたしの一冊】第29回 『清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実』鈴木 忠平 著/角田 龍平
敗者の証言を丁寧に検証
「甲子園は清原のためにあるのか!」。PL学園と宇部商が雌雄を決した、1985年夏の全国高校野球決勝戦。この日2本目となる同点本塁打をセンター中段に放って、球児の聖地を私物化したPLの4番打者へ、試合を実況するアナウンサーから最大級の賛辞が送られた。
特大の一発は、清原和博が春夏5回の甲子園で打った13本目の本塁打だった。本書は、その13本の本塁打を丁寧に1本ずつ、敗者の証言を基に検証する。30年以上も前、打席に立つ清原を18.44メートル離れたピッチャーマウンドから目撃した証言である。時の経過と視認状況から、記憶が曖昧になってもおかしくない。しかし、彼らの証言は一様に詳細かつ具体的で、清原との邂逅をまるで昨日のことのように話す。
甲子園の怪物の伝説は、83年夏の決勝戦で幕を開けた。横浜商の三浦将明投手は、初回のPLの攻撃を三者凡退に抑えると、2回に清原を打席に迎えた。春の選抜で水野雄仁投手を擁する池田に敗れた横浜商の主戦は、夏の決勝で池田にリベンジすることしか頭になかった。PLへ入学する前に選抜の決勝をテレビでみていた1年生4番打者にとって、三浦はブラウン管の中のスーパースターだった。
白くのぞいた八重歯にあどけなさが残る16歳になったばかりの少年は、スイングスピードこそ速かったものの、三浦のストレートもカーブも打ち返せない。カウント2-2から、「一丁上がり」とばかりに三浦が投じた球種はフォークボールだった。打倒池田のために磨きあげてきたフォークは、決勝戦まで打たれたことも、投げ損じたこともなかった。ところが、清原に投じたボールは、フォークの軌道を描くことなく、外角高めに吸い込まれていく。すっぽ抜けたフォークを一閃、打球は右翼のラッキーゾーンの向こうへ消えていった。
三浦は毎年、夏になると黒土と天然芝の甲子園で清原に対峙する夢をみるという。カウントは、あの時と同じ2-2。ストレートを投げるとファウルを打ち、カーブを投げると空振りする清原。わずか一球で終わる不思議な夢の中で、三浦がフォークを投げることはない。
三浦は、中日ドラゴンズに入団したが、6年目で戦力外通告を受けた。引退後も足繁く東京ドームへ通い、ライトスタンドから巨人の背番号「5」に声援を送った。「僕はね、清原が好きだったんですよ。(中略)怪我から戻ってきて、ホームランを打った時なんか、涙が出てきた。言葉も、仕草も、あの放物線も格好良かった。俺が打たれたのはこういう男なんだって。そう思って、応援していました」。
本書は、三浦を皮切りに、清原に敗れて挫折した少年たちが、甲子園史上最強打者に挑んだ誇りを糧に生きたその後の人生を描く。彼らが片面的に夢を託した清原は、やがて刑事被告人になり、保釈中に本書の原型になった雑誌連載を目にする。時空を超えた情状証人の証言に、清原は思わず涙したという。「誰がために甲子園はあるのか」。本書を読めば、自ずとそれが分かる。
選者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平
同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。