【GoTo書店!!わたしの一冊】第31回『新版 いっぱしの女』氷室 冴子 著/三宅 香帆
働く女性の共感呼ぶ随筆
あなたは氷室冴子の名前をご存知だろうか。『なんて素敵にジャパネスク』『クララ白書』など、いわゆるコバルト小説という業界で一世を風靡した、少女小説家である。スタジオジブリのアニメ映画『海がきこえる』の原作を手掛けたことでも有名だ。
もう13年前に51歳という若さで逝去されたのだが、今なおファンは多い。もちろん私もそのひとりだ。どれくらいファンが多いかといえば、最近になって、30年前に刊行された彼女のエッセイ集『いっぱしの女』がSNSで話題になり、めでたく復刊されるくらいには、今も絶大な人気を誇る作家だ。
もしあなたが氷室冴子を知らないとすれば、それは彼女がどうというより、「少女小説」と呼ばれるジャンルの問題だろう。それは直木賞を取るわけでも映画化するわけでもないが、少女たちには絶大な人気と発行部数を誇った小説ジャンルなのである。
『いっぱしの女』は、そんな80年代の「少女小説」ブームの一翼を担った氷室冴子が、社会における女性のあり方について綴ったエッセイ集なのだ。
当時は、今のようにライトノベルというジャンルもなかった時代だ。少女小説というジャンルは「どうせ若い女の子の読むもの」と軽くみられ、少女小説家という職業はぞんざいに扱われる。30歳を超えたベストセラー作家である氷室さんに、「処女じゃないと少女小説は書けないですよね」なんて物言いをする男性がいたこと。専業主婦らしい高齢の女性が「結婚しないなんて」としきりにいってきたこと。今だったら「時代遅れ!」と一蹴したくなるような理不尽な出来事が、ユーモアある文体で、しかしたしかに彼女が怒りや悲しみを感じていたことも分かる語り口で、綴られている。
あんなに素敵な作品を書く作家が、こんな理不尽でばかばかしい発言に悩まされていたのかと思うと、読者としては胸が痛い。一方で、その抑え目ながらもはっきりとした自負を感じる書きぶりからは、少女小説家としてひとりで生きることの、痛いくらいの切実さが伝わってくる。
エッセイ全体を通して、理想郷はどこにもない、という切なさが漂う。しかしそれでも氷室さんはしっかりと自分の意見や物語を書き、生きている。そのことに私は励まされる。
働く女性への風当たりの強さは、仕事に対する男性からの揶揄と、結婚しないことへの母や女友達といった女性からの苦言、どちらも存在する。今もきっと変わっていない。女性がただ働いているだけでは、なぜか世間は許さない。だからこそ今になってこのエッセイは多くの女性の共感を呼び、復刊されたのだ。
新版になって、氷室冴子作品を読んで育った女性作家・町田そのこによる解説も追加された。氷室冴子の言葉は、そこにあった切なさと強さは、たしかに今読者に受け継がれていることが、本を読むだけで伝わってくる。
選者:書評家 三宅 香帆(みやけ かほ)
会社員としても勤務中。近著に『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』(笠間書院)。
同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。