【GoTo書店!!わたしの一冊】第32回『監視資本主義』ショシャナ・ズボフ 著/濱口 桂一郎
AI規制の根拠は本書に
今日、私たちはグーグル、アップル、アマゾンなどのプラットフォームを使うことなく、1日たりとも過ごすことはできなくなっている。これらはとても便利だ。だが、私たちがこれらを使うたびに、その情報が蓄積され、加工され、利用されている。
これらの側からみれば、私たちは便利さという餌に引き寄せられてきた原材料に過ぎない。検索したり、確認したり、購入したり、というクリック行動から抽出された「行動余剰」が、これらの営利の元になる。生産過程における剰余価値の搾取に産業資本主義の本質を見出したマルクスに対し、ズボフは21世紀にGAFAが作り出した新たな資本主義の本質をこの「行動余剰」の搾取に求める。
ここで思い出すのが7月12日号で紹介したポズナー&ワイル『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』だ。利用者からタダで得た膨大なデータを使い、AIの機械学習で作成されたサービスによって巨万の富を得ている巨大IT企業に対し、不払い労働の正当な対価を取り返すために「万国のデータ労働者は団結せよ」と論じていた。しかし、問題はデータ労働の不払い価値だけではない。そのデータが秘かに私たちに不利益に使われる恐れがあるのだ。
日本の新卒就職市場という狭い範囲ながら、そのリスクを露わにしたのが一昨年のリクナビ事件であった。学生たちは便利さに引き寄せられて、というよりも、リクナビやマイナビを使わずに就職活動ができないような状況下で、そのクリック行動から推計された辞退可能性を秘かに求人企業に売り渡されていたのである。渡したつもりのない自分に関するデータが作り出され、商品化されている。これまでの個人情報やプライバシーの議論の想定外のほの暗い領域が垣間見えた一瞬であった。
邦題の「監視資本主義」からは、常にビッグブラザーの監視の目が光っている『1984年』風の全体主義国家を想像するかもしれない。しかし、両者は対極的だ。暴力装置による恐怖支配ではなく、計測と予測に基づき行動修正(behavioral modification)が誘導される。「監視(surveillance)」しているのは全体主義的独裁者(ビッグブラザー)ではなく、道具主義的管理者(ビッグアザー)というわけだ。
これに限らず、ズボフの用語法は鮮やかなものが多い。分業(division of labor)に対して知の分割(division of learning)とか、ポランニーの土地、労働、貨幣に続く第4の疑似商品たる「人間の経験(human experience)」とか、クーデター(国家の転覆)ならぬクーデ・ジャン(人々の転覆)とか。
本書にもインスパイアされて、EUを先頭に世界的な動きとしてプラットフォーム規制やAI規制の声が高まりつつあり、労働法政策の観点からも無視し得なくなりつつある(その一端は筆者もJILPTのホームページなどで紹介している)。その思想的根拠を考えるうえでも、本書は必読の書だ。700ページを超す分厚さと、税込み6160円という高価さが唯一の欠点だが。
選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎
同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。