【GoTo書店!!わたしの一冊】第33回『パワハラ問題 アウトの基準から対策まで』井口 博 著/角田 龍平

2021.09.16 【書評】
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セーフとなる「喝」は?

井口博著、新潮新書刊、880円(税込み)

 「女性理事を4割というのは文科省がうるさくいうんですね。だけど女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」(森喜朗談)。

 「是非、立派になっていただいて。ええ旦那をもらって。まぁ旦那はええか? 恋愛禁止かね?」(河村たかし談)。

 「女性でも殴り合い、好きな人がいるんだね」「嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合ってね」(張本勲談)。

 職業柄、たまに企業でハラスメント研修の講師をするのだけれど、次々と馬脚を現した「セクハラ三銃士」のおかげでツカミのネタに事欠かない。彼らの発言は、何が問題なのか。その答えを本書から引用する。

 〈ジェンダー・ハラスメントとは、固定的な性別役割分担意識に基づくハラスメントのことである。男はこうだ女はこうだと決めつけるハラスメントと言ってもよい。女性社員にお茶くみをさせたり、宴会でお酒を注がせたりするというのは典型例である。「女性は早く結婚した方がいい」とか「女に仕事を任せられない」といった発言や、男性社員に対して、「男のくせに根性がない」とか「お前それでも男か」と言うのもこの例である〉。

 なお、私見では、河村市長が金メダルに噛みついた行為は器物損壊罪に当たる。明治時代の判例で、すき焼き鍋に放尿した行為に同罪の成立を認めたものがある。メダルに噛みつくのは、それに近い。物理的に損壊しなくても、物の本来の効用を喪失させたら同罪は成立するのだ。

 メダルを齧られ、首からかけるというメダル本来の効用を喪失した選手からすれば、「じじい」と罵りたい気持ちになるのも山々だ。しかし、本書では前述のジェンダー・ハラスメントの例に続けて、〈女性をちゃん付けで呼ぶとか、「ウチの女の子」や「おばさん」と言うこともハラスメントになる。逆に女性が男性に、「僕ちゃん」とか「じじい」と言ったり書いたりするのも相手を不快にさせるだろう〉とある。やはり、「じじい」呼ばわりも避けるべきだろう。

 本書は、ジェンダー・ハラスメントをはじめとするハラスメントの基礎知識を説明してから、2020年6月に施行されたパワハラ防止法を解説したうえで、パワハラしがちな上司の傾向と対策や、判例の要点をコンパクトにまとめている。

 パワハラ防止法では、パワハラを「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」と定義している。すなわち、「業務上必要かつ相当な範囲」で指示指導している限り、パワハラには当たらない。とはいえ、「業務上必要かつ相当な範囲」という抽象的な文言だけでは、許される指示指導とパワハラの境界線が分からない。

 具体的事例が豊富な本書を読めば、その境界線がみえてくる。判例をみても叱責時のパワハラケースが圧倒的に多い。無意識のうちにパワハラ加害者にならないように、「業務上必要かつ相当な範囲」の「あっぱれと喝」の中身を知ることが不可欠だ。

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角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平 氏

選者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平

同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。

令和3年9月20日第3321号7面 掲載
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