【GoTo書店!!わたしの一冊】第44回『新全体主義の思想史 コロンビア大学現代中国講義』張 博樹 著/濱口 桂一郎
九大思潮を分析
先月の本欄では、柯隆『「ネオ・チャイナリスク」研究』を取り上げた。最近のますます全体主義化する中国の姿を捉えるには、経済面だけでなく思想面からのアプローチも必要だろう。
著者の張博樹は、中国社会科学研究院を解雇され、現在コロンビア大学で現代中国を講じている言葉の正確な意味でのリベラル派中国知識人だが、そのリベラル派から新左派、毛左派、紅二代、ネオナショナリズムに至るまで、現代中国の九大思潮を、時にはそのインチキなロジックを赤裸々に分析しながら描き出した大著である。
著者を含むリベラル派については、訳者の石井知章、及川淳子らによる紹介がかなりされてきているし、妙にポストモダンめいたレトリックを駆使して中国共産党政権を必死に擁護する汪暉ら新左派についても、なぜか日本のポストモダン派にファンが多いようで、やはり結構翻訳されている(そのお筆先みたいな研究者もいるようだ)。しかし、それ以外の種々様々な思想ないし思想まがいについては、これだけ包括的に描き出したものはほかに見当たらない。そして、本書に描かれた、時に精緻めかした、時にやたらに粗雑な「左派」という名のロジックの数々を読み進んでいくと、何だか似たようなロジックを日本語でも読んだ記憶があるなという感想が浮かんでくる。
それは、意外に思われるかもしれないが、『正論』、『WILL』、『hanada』などのいわゆる右翼系オピニオン雑誌によく出てくるあれこれの論説とよく似ていて、「そうか、中国の左翼というのは日本の右翼の鏡像みたいなものなんだな」ということがよく分かる。もちろん、それは不思議ではなく、普遍的な近代的価値観を欧米の文化侵略として目の仇にし、「万邦無比の我が国体」をひたすら褒め称えるという点では、日本の右翼と中国の左翼は全く同型的であって、ただどちらもそれがストレートに表出するのではなく、それぞれにねじれているのだ。
日本の右翼は、本音ではアメリカ占領軍に押し付けられた憲法をはじめとする近代的価値観が大嫌いだが、(本当はそっくりな)中国共産党と対決するために、アメリカの子分になって、アメリカ的価値観に従っているようなふりをしなければならない。自由と民主主義のために共産主義と闘うといっているうちは良いが、ことが国内の個人の自由にかかわってくるとそのズレが露呈する。
一方、中国の左翼は、本音は中華ナショナリズム全開で、欧米の思想なんて大嫌いなのだが、肝心の中国共産党が欧米由来のマルクス主義をご本尊として崇め奉っていることになっているので、論理めちゃくちゃなマルクス神学のお経みたいな議論をやらざるを得なくなる。
それにしても、本書に出てくる張宏良の「中国の夢は三大復興であり、それは中華民族の偉大な復興、社会主義の偉大な復興、東方文化の偉大な復興」だという言葉は、我が大日本帝国において戦時中一世を風靡した「近代の超克」論を彷彿とさせる。現代中国の今の気分は中華版大東亜共栄圏なのかもしれない。
(張博樹著、白水社刊、4620円税込み)
選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎
同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。