【本棚を探索】第32回『ラジオと憲法』角田 龍平 著/塩田 武士
短編小説の如き交友録
個人発信の情報が溢れ返り、映画ですら倍速で視聴される「配信の時代」。分かりやすさに価値を見出し、気忙しく手に入れた教訓めいた何かは、クリックやタップ一つで露と消える。
そんな情報消費社会を窓の向こうに見て、紳士然と紅茶を嗜むような優雅さが本書にはある。世の中にはいろんな才人がいるものの、四十路を越えた私には「人間関係の才能」ほど眩しいものはない。本書の著者、角田龍平さんはあらゆるジャンルの人々と長く深く付き合ってきた。しかもとびきりクセのある人たちと。
角田さんは高校生のとき、島田紳助さんのテレビ番組の企画で漫才師としてデビューした。関西の有名新人コンクールを制し、オール巨人さんに弟子入りするものの挫折。その後司法試験に挑戦し続け、31歳にして弁護士になった。
「芸人」「ラジオ」「プロレス」「本」「家族」――の5章で構成される本書には計24人が登場する。実は私もそのうちの一人なのだが、自分以外の方々は実に魅力的だ。
「イソ弁」から独立した角田さんのもとに届いた紳助さんの粋な絵葉書や、免許のない弟子を後部座席に乗せて自らハンドルを握る巨人師匠のエピソードからは、大物芸人の懐の深さが滲む。二十歳のときに天啓に打たれ、突如として明石家さんまさんを研究し始めたエムカクさんは、長年にわたる執念の調査で誰も成し得なかった天才芸人の伝記の出版を果たした。このような市井の異端者とも交流を続けているのだ。
「ラジオ」パートの目玉は、角田さんがパーソナリティを務めるラジオ番組内で、伝説の番組『サイキック青年団』を復活させたことだろう。自身も同番組のヘビーリスナーだったことから、出演者だった北野誠さんと竹内義和さんに坂本龍馬のごとく働きかけた。
角田さんの番組にゲスト出演した池乃めだかさんの話も印象深く、彼が紹介した島田洋七さんの漫才への気迫にはハッとさせられる。
大学の授業でたまたま隣り合わせになった親友が、後にプロレス界のスターとなる棚橋弘至さんであり、結婚した妻の父親が映画監督の土橋亨さんだった。
一生に一度しか会えないような人物と次々と出会い、信頼され、愛される。これを才能と言わずして何と言おうか。紙幅の関係で全てを紹介できないのが残念だが、各編とも情熱を持って生きる人々を端正な筆致で表現し、軽快に笑わせながら時にほろっとさせる。個人的には角田さんの父「スペース」のミステリー仕立ての章が面白く、旅先の露天風呂で思い出し笑いをしてしまったほどだ。
デビュー作にして珠玉の短編小説のような世界観を表現できるのは、自身が遠回りの人であり、打算のない優しさを持つが故だろう。「人間が一番面白い」と教えてくれる傑作だ。
革製品は傷やシミを経年の光沢で包み始めてからが美の領域である。人もまた然り。これからも人間を描いてほしいとの願いを込め、私は角田さんへの出版祝いに革のブックカバーを贈った。
(角田龍平著、三才ブックス刊、1540円)
書店の本棚にある至極の一冊は…。同欄では選者である濱口桂一郎さん、三宅香帆さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。
選者:小説家 塩田 武士(しおた たけし)
1979年、兵庫県生。主な作品には『罪の声』『歪んだ波紋』など。最新作に『朱色の化身』。