【本棚を探索】第35回『球界消滅』本城 雅人 著/大矢 博子

2022.09.22 【書評】
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まさかのMLB傘下に!!

 プロ野球のペナントレースも大詰めである。この号が出る頃にはもう、セ・パともに優勝チームが決まっているだろうか。

 ――と書いたものの、実は何の感慨もない。私の贔屓チームはもう10年優勝から遠ざかっており、すっかり下位に定着しているのだから。贔屓が長く最下位近辺にいると、毎日野球中継を見ていても首位争いがどうなっているか知らないなんてことがあるんだぞ。信じられる?

 もはや最近は、なんとか制度の穴を突いて合法的に大谷翔平をわが贔屓チームに移籍させる方法はないか考えているほどだ。どこかに空白の1日を作れないだろうか。と、夢想するくらいは許してほしい。

 1982年に刊行された赤瀬川隼の『球は転々宇宙間』は、プロ野球を企業から地方が取り戻し、地域密着型の3リーグ18球団に再編成するという小説だった。選手は優先的に地元球団に入ることになる。この方法ならイチローがうちに来たのに……。

 ところが2013年に、さらにとんでもない球界再編成小説が誕生した。それが本書である。なんと日本の12球団を4チームに統合して、メジャーリーグの傘下に入れるという話なのだ。

 すでに日本プロ野球に往年の勢いはなく、球団経営はどこも苦しい。人気選手はメジャーに流出してしまい、地上波での試合中継も減っている。行き詰まった球界の画期的な救済策がメジャー加入だという。

 そんなバカな、と思った人はぜひ本書をお読みいただきたい。これは野球小説ではなく経営小説だ。日本球界とメジャーの運営システムの違いに始まり、法律や税制の話、赤字補填の方法といった経営面が詳細に、具体的に語られる。メジャーのチームが試合に来るなら観客増加も視聴率アップも期待できるし、放映権料やライセンス料などの分配もある。莫大な初期投資をしてもなお、あらゆる面で「球界復活」のナイスアイディアだと納得させられてしまうのだ。

 異なる事情を持った親会社の思惑と駆け引きもリアル。明らかに現実のチームをモデルにしていて思わずニヤリとしてしまう。

 しかしもちろん問題もある。雇用はどうなる? メジャー加入ということは、アメリカのチームにトレードもあり得る。そこでマイナーに落ちることもある。外国人枠はなくなり、日本のチームであってもアメリカ人ばかりになる可能性もある。選手だけではない。審判はどうなるのか? チームスタッフは? テレビ中継や広告代理店は? 高野連やアマチュア球界も当然無関係ではない。

 これはつまり、日本国内で完結し、膠着のなかにあった業界に突如黒船が来たらどうなるか、というシミュレーション小説なのだ。荒唐無稽にみえて、相当のリアリティーと説得力を持った作品なのである。

 実はその影にはとある謀略があったり、チーム統合に反対する選手たちが立ち上がったりと、サスペンスとしても人間ドラマとしても読み応え抜群。野球好きだけでなく幅広い層に楽しんでいただけるはずだ。なお、現在は電子書籍のみの流通なのでご注意を。

 球界消滅に比べれば順位なんて問題じゃない。応援してるよドラゴンズ。

(本城雅人 著、文春文庫刊、897円)

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

 書店の本棚にある至極の一冊は…。同欄では選者である濱口桂一郎さん、三宅香帆さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。

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令和4年9月26日第3370号7面 掲載
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