【本棚を探索】第43回『火天の城』山本 兼一 著/大矢 博子

2022.11.24 【書評】
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信長支えた職人を描く

 今月6日に岐阜市で開催された「ぎふ信長まつり」は、織田信長に扮した木村拓哉さんが登場したことで大きな話題となった。東海地方、とくに尾張と美濃では信長人気はとても高い。それを木村さんがやるのだから、そりゃもう大騒ぎになるのも道理である。こんな信長なら両手をあげて恭順するってもんだ。

 しかし実際の信長を考えてみると、これはもうどこから見てもブラック家中である。支社を立て直そうと頑張り、ようやく成果が出始めたところでの強制的な配置転換(明智光秀)、過去のミスを忘れた頃に指摘してきて問答無用の馘首(佐久間信盛)、忠誠を試すため妻子を犠牲にさせる(徳川家康)などなど、今のコンプライアンスに照らし合わせるまでもなく、当時であってもダメだろと言いたくなるパワハラの連続だ。でも木村さんなら……いややっぱりダメだ。

 上司としても恐ろしいが取引先としても一筋縄ではいかない。その様子を、安土城建築を請け負った職人の目から描いたのが本書である。映画にもなったのでご記憶の方も多いだろう。

 熱田神宮の宮大工、岡部又右衛門は信長から安土に城を建てろと命じられた。ただの城ではなく、これまで類を見ない五重の天主構造を持つ南蛮風にしろという命令だ。前代未聞の注文に大工の血が騒ぐ。果たして無事に注文通りの城は建つのか――という歴史小説である。

 戦国時代の小説でありながら合戦場面は皆無、ただ築城の様子のみを描いたテクノクラート小説だが、これが抜群に面白い。施主が信長というだけでも厄介なのだが、それに対応するのは当時のプロフェッショナルたちだ。プロの技術があますところなく描写され、興味深さだけでもぐいぐい読まされてしまう。

 信長の前でのデザインコンペに始まり、石垣を作る石工、木材を切り出す杣(そま)、資材を運ぶ業者など、それぞれのジャンルのプロが登場する。

 興味深いのは、プロであればあるほど、たとえ信長が相手でも「できないことはできない」とはっきり言うこと。技術的には可能なことでも、職人としてやってはいけないことには断固として抵抗する。相手は信長、逆らえば首を刎ねられることも十分あり得るのに自分の信念を曲げない。それが職人の矜持だ。客の言いなりに何でも引き受けるのが良い業者というわけではないのである。

 とくに読ませるのは建築中に起きた数々の難題をどう克服していくかというくだり。信長の敵対勢力から妨害が入ることもある。巨石を運ぶときには多くの人足が犠牲になったり、川で杣が木に潰されたりという、作業中の人身事故もある。それらの事件や事故に責任者として又右衛門がどう対処するかは、本書の大きな読みどころだ。

 さらに、そこに又右衛門の親子のドラマが入る。実力もないのに自信だけはある息子を、又右衛門がどう育てるか。これは後継者育成の物語でもあるのだ。

 岡部又右衛門は実在の人物で、名古屋市の熱田神宮の近くに生家跡の立て札もある。イベントの行列で手を振るのは有名な武将だけだが、その陰には技術で武将を支えた職人たちがいたことを伝える一冊だ。

(山本兼一 著、文春文庫刊、税込748円)

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

 書店の本棚にある至極の一冊は…。同欄では選者である濱口桂一郎さん、三宅香帆さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。

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令和4年11月28日第3378号7面 掲載
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