【本棚を探索】第45回『あなたのまわりの「高齢さん」の本』佐藤 眞一 著/諏訪 康雄
シニアの「なぜ?」が解消
現在、あれこれ問題視される言動の背後にある高齢者の「思考と行動の特徴」を、長年の研究蓄積を背景として平易に解説した本である。
著者は、心理学科に高齢者関係の授業すらなかった半世紀近く前、同級生から「未来のない老人の研究をして何の意味があるの?」といわれながらも、老年心理学の研究を志したとのこと。先見の明があるというほかない。
若者が山のようにいるならば、いずれ高齢者だらけの時代がやってくると容易に見通せそうなものだが、その実感がない時代の若き日に、広範囲な調査研究の蓄積を要する領域で、長く地道で深い蓄積を必要とする課題に取組みを開始した人は、多くなかった。
著者は、高齢者を「高齢さん」と呼んで、親しみやすさを感じさせながら、主に高齢者と接する立場にある人向けに、その心理と行動の傾向を説明する。なぜ頑として運転をやめないか。なぜ詐欺に遭いやすいか。なぜキレやすいか。なぜ妄想や反社会的行動をするか。なぜ妻の死後に夫は早く死ぬか。なぜ二世代同居は難しいか、などなど。私たちが日ごろから不思議と思う事項を、最近の研究成果を踏まえて平易に説明していく。
読みやすく、分かりやすく話を進めた各章の章末には、心理学や社会心理学、社会学、介護関連の用語を簡潔に説明した解説を付す。「なぜ高齢者は?」という疑問に、原因となる心理や疾病、思考行動特性などを踏まえて述べていく。
なるほど、心理学や脳科学などの成果を解説した一般書は多々ある(池谷裕二『自分では気づかない、ココロの盲点 完全版』講談社ブルーバックスなど)。だが、そうした本を読んだだけでは気付きにくい側面を、高齢者の心理と行動との関連で解き明かしてくれるのは、とてもありがたい。高齢者となった自分自身と周囲の人たちの理解に資するところ大である。
すなわち、本書は介護、介助、付き合いなどで高齢者と接する人にとって有益なだけでなく、ある意味それ以上に、高齢者自身および高齢者予備軍にとって、自分たちはどのような思考と行動の特性を持つ存在で、その正確な認識を踏まえるならば、自分と周囲に対してどのような態度をとっていくことが必要なのかを示唆してくれる。
初めて「あっ、そうか!」と思った個所がいくつもあった。高齢者と「情動調整力」、「ヒューリスティック思考」、「自伝的記憶」、「自己呈示・自己開示」、「返報性」との関係など、それぞれの説明により「なぜ高齢者は?」という多くの疑問にかなりの理解ができた。自己認識も少しは深まったような気になっている。
ファッション同様、学びにもTPO(タイム・プレイス・オケイジョン)があるようだ。その時々(年代ごと)に、それぞれの場(事情)で、それぞれの機会(必要性)に応じ、学びの対象を選んでいく必要がある。ヤングケアラーなどでなければ、10歳代にこの種の本を読む気にはならないだろうし、仮に読んだところで深い理解はできそうにない。だが、中高年以上には、訴えかけるところが多いはずだ。索引の充実にも感心した(参考文献一覧がないのがちょっと残念)。
(佐藤眞一著、主婦と生活社刊、税込1540円)
選者:法政大学 名誉教授 諏訪 康雄
書店の本棚にある至極の一冊は…。同欄では選者である濱口桂一郎さん、三宅香帆さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。