【本棚を探索】最終回『秋麗 東京湾臨海署安積班』今野 敏 著/大矢 博子
理想の中間管理職ここに
警察庁のキャリア官僚が主人公の『隠蔽捜査』シリーズが快調な今野敏。その今野にはもうひとつ警察小説の看板シリーズがある。それが1888年から34年にわたって続く『安積班』シリーズだ。
主人公は警部補の安積剛志、45歳。刑事課強行班係の係長である。
警察小説なので毎回何らかの事件が起き、その捜査に奔走し、犯人を捕まえるという構造を持ってはいるが、本シリーズの核は刑事たちの人間模様にある。これは中間管理職の安積と、彼の部下や周囲の警察官たちの「人」と「チーム」を描くシリーズなのだ。
シリーズのどの巻でも良い、1冊読んでいただければ登場人物がいかに人間味に溢れているか分かるだろう。たとえば安積班のナンバー2である村雨は、仕事はできるが杓子定規で融通が利かない。須田は飄々としていてパソコンに強い。無口で几帳面なアスリートタイプの黒木。若くてマイペースな桜井。シリーズ途中からは元鑑識の水野が加わった。
そして主人公の安積班長は他人にとても気を遣うタイプだ。部下を叱ったあとで「今の言い方で良かったんだろうか」と悩んだり、無口な部下の内面をあれこれ勘繰ってヘコんだり。特定の部下に対し、好きにはなれないが能力は認めるというアンビバレントな感情をもてあましたりもする。職場では気を遣うのに家庭は二の次になって、ついにシリーズの途中で離婚してしまった。
けれど部下を守るという軸は決してぶれない。上司や外部の圧力からは身を挺して防波堤となる。だから部下からの信頼は抜群だ。
ある部下がミスをして、その失点を挽回すべく単独行動をとった結果、さらに危険な目に遭うという短編がある。救出されたあとで彼は自分の評価が下がるのが怖かったと言う。それに対する安積の言葉が良い。「私の仕事はおまえたちを評価することじゃない。フォローすることだ」
どうですか、痺れるでしょう。優柔不断で迷うことも多い安積だが、ここ一番ではこれぞ理想の中間管理職!という姿を見せてくれるのである。
安積を含め、ここにはスーパーヒーローはいない。もちろんそれぞれ個性も魅力もあるが、どちらかというと地味な等身大の人物ばかりである。刑事というと特殊な職業のように思われがちだが、上司がいて同僚がいて部下がいて、人間関係に悩んだり、成果を挙げようと焦ったりする姿は、一般の会社と何ひとつ変わらないのだと思わせてくれる。だからこそ安積の「理想の中間管理職」像が響くのである。
34年続くシリーズではあるが登場人物たちの年齢も班の構成メンバーもほぼ変わらない。だが時代は現実に則しているのが面白い。第1作ではポケベルを使っていた刑事たちが、最新刊『秋麗』ではSNSで情報収集する。安積が警察にも押し寄せる働き方改革に疑問を感じる場面もあるし、セクハラに悩む新聞記者も登場する。
背景となった時代を思い出しながら既刊と新刊を読み比べるのも長寿シリーズの醍醐味だ。第1作『二重標的』をはじめ初期作もハルキ文庫から再刊されて入手しやすくなっている。年末年始に是非どうぞ。
(今野敏著、角川春樹事務所刊、1980円)
選者:書評家 大矢 博子
書店の本棚にある至極の一冊は…。同欄では選者である濱口桂一郎さん、三宅香帆さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。