【書方箋 この本、効キマス】第5回 『土竜』高知 東生 著/田中 紀子
観る感覚で味わう私小説
「高知 東生」と聞くと、読者の皆様はどのような印象を持たれるだろうか。「あぁ、あの薬物やって捕まった俳優ね」「イケイケのチャラ男」「美人女優の元夫」。このような意見が大半ではなかろうか。その彼が小説を書いた? 意外性に驚かれることと思う。さらに意外なのはそれが繊細で、切なくて、沁みるのである。
多くのメディアでも報じられているが、彼は80年代に社会を震撼とさせた暴力団事件「山一抗争」の中心人物の一人、一和会最高顧問中井組組長・中井啓一の愛人の息子として育った。幼少期は親類の家に預けられ、小学校5年生の時に突如現われた母親に引き取られた。そして中井組長を父親として紹介される。これでやっと落ち着くかと思われた暮らしぶりは、暴力団同士の小競り合いに巻き込まれ、母親は毎晩泥酔し、挙げ句の果てはネグレクト状態となり孤独な日々が続く。その上、高知が高校3年生の時に母親は車ごとトンネルに突っ込み自死。母親が高知に残した最後の言葉は「私、綺麗かな?」だった。
しかも母親の死後、実父と信じていた中井組長が実は本当の父親ではなかったことを知る。高知の実父は他県のやはり暴力団組長で、母親は一時期その男の愛人だった。何とも壮絶な生い立ちである。
『土竜』は、昭和20年代から現代までを通じて、高知東生をモデルにした主人公「竜二」を巡る6つの短編小説である。ヒロインとして描かれているのは、遊郭で生まれ育った同級生の「夕子」。土佐弁がふんだんに盛り込まれ、昭和ノスタルジーを感じさせるが、孤独を抱え、社会から見捨てられた人びとが肩を寄せ合い不器用に生き抜く様は、令和の現代にこそ通じるものがある。
6つの物語はオムニバス形式をとり、どれも意外な展開で良い意味で予想を裏切られていく。これは高知が長年、俳優という職業を歩んできた所以であろう。登場人物の姿がくっきりと映像で浮かび、「読む」というより「観る」といった方が相応しい小説である。そしてまさに映画のごとく読み始めるとあっという間に引き込まれ、一気に読み終えてしまう。
人間は決して平等ではない。陽の当たる場所を歩いてきた者、出自や才能に恵まれた者たちが「頑張ってきた」というのとは、次元が違う世界で必死に生きる人びとがいる。たとえそれが常識やモラルに欠ける生き方であったとしても、彼らには彼らなりの理由があり、彼らのコミュニティ独特の愛や友情がある。眉をひそめ不良少年達の素行を責めることは容易いが、それでは社会は何も変わらない。経済成長が停滞し続け、格差が広がる一方のわが国には、今もそこかしこに「竜二」や「夕子」が息を潜め暮らしている。
『土竜』というタイトルは、彼が「一生土に埋めておこうと思っていた話しがポコッと顔を出した」ことからつけられたという。人を信じ、大人を信じ、社会を信じて、今を生きる「竜二」や「夕子」にポコッと顔を出して欲しい。そんなことを願う作品であった。
(高知 東生 著、光文社 刊、税込1760円)
選者:公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会 代表 田中 紀子(たなか のりこ)
自らもギャンブル依存症の当事者および当事者家族としての経験も持つ。現在はその経験を踏まえて、講演や相談を全国で展開。YouTubeの依存症啓発番組「たかりこチャンネル」も配信中。
濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。