【書方箋 この本、効キマス】第7回 『ストロベリー戦争 弁理士・大鳳未来』南原 詠 著/大矢 博子
商標登録めぐる大逆転劇
俗に八士業と呼ばれる仕事がある。税理士、司法書士、行政書士、土地家屋調査士、弁護士、弁理士、社会保険労務士、海事代理士だ。法律や会計に携わるこれらの仕事は専門性と公益性が高く、国家試験の困難さでも知られている。
この中で最も多く小説に登場するのは弁護士だ。リーガルミステリーで主役を務めることも多い。しかしそれ以外の士業はどうか? 普段の生活への馴染みの薄さや専門性の高さゆえ、なかなかエンターテインメントにするのは難しいというのが実情だろう。
しかしだからこそ、そんな仕事があるのか、意外と身近じゃないかという驚きをもたらすのだ。たとえば前に本欄で紹介した水生大海「社労士のヒナコ」シリーズは社会保険労務士が主人公(関連記事=【GoTo書店!!わたしの一冊】第15回『ひよっこ社労士のヒナコ』水生 大海 著/大矢 博子)。企業の労務・雇用問題を働く人の目線で描き、ミステリータッチの展開と併せて人気が高い。先月第3巻『希望のカケラ』が刊行され、コロナ禍での給付金や助成金の問題、副業の考え方、育児・介護休業法の改正など旬のテーマを扱っている。
そこで今回は弁理士の小説を紹介しよう。弁理士とは特許や商標など、知的財産関連のスペシャリスト。「弁理士・大鳳未来」シリーズは、現役の企業内弁理士である著者が手がけた痛快なミステリーだ。
主人公は、特許権侵害を警告された企業を守ることを専門にした特許法律事務所の弁理士・大鳳未来。第1作『特許やぶりの女王』では、映像技術の特許権侵害を警告され活動停止を迫られたVTuberを守るために奔走する。
驚いたのは昨年9月に刊行された第2作『ストロベリー戦争』だ。モチーフ、展開ともにそのレベルは大きく前作を上回ってきた。
依頼人は宮城県のイチゴ農家の団体。新品種の開発に成功し「絆姫」という名前で大々的に売り出すことになった。ところが出荷前日になって、大手商社の田中山物産より商標権侵害を申し立てられた。「絆姫」という名前はすでに田中山物産が果実・野菜・菓子の名前として登録しているので、使いたければ使用権料を払えと言う。しかし生産者側にはいまさら名称変更はできない理由があった。
開発段階から絆姫に目をつけ、後の人気を見越して無関係な第三者が商標登録をしてしまう。そんな小狡い企業に大鳳がどう立ち向かうのかが読みどころ。どこから情報が漏れたのかというサスペンスもさることながら、商標登録にまつわる慣習とルールを逆手にとった見事なラストには、思わず快哉を叫んだ。そんな手があるのか! 第1作もそうだったが、絶体絶命からの大逆転劇ほど胸のすくものはない。
第1作では特許権や専用実施権、第2作では商標登録と、法律の背景や意味が丁寧に説明されているのも大きな魅力だ。商標登録にまつわるエピソードとして実際の出来事が紹介されており、シャインマスカットやあまおうといったお馴染みの果物の名前にそんな経緯があったなんてと驚かされもした。いやあ、商標登録、深いなあ。
知らない世界を知るのは楽しいし刺戟的だ。知っている世界ならその仕掛けににやりとできる。士業ミステリーは情報と楽しみの宝庫なのである。
(南原 詠 著、宝島社刊、税込1540円)
選者:書評家 大矢 博子
濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。