【書方箋 この本、効キマス】第8回 『反逆の神話』ジョセフ・ヒース&アンドルー・ポター 著/濱口 桂一郎
「文化左翼」を鋭く考察
原題は「The Rebel Sell」。これを邦訳副題は「反体制はカネになる」と訳した。ターゲットはカウンターカルチャー。一言でいえば文化左翼で、反官僚、反学校、反科学、極端な環境主義などによって特徴付けられる。もともと左翼は社会派だった。悲惨な労働者の状況を改善するため、法律、政治、経済の各方面で改革をめざした。その主流は穏健な社会民主主義であり、20世紀中葉にかなりの実現を見た。
ところが資本主義体制の転覆をめざした急進左翼にとって、これは労働者たちの裏切りであった。こいつら消費に溺れる大衆は間違っている! 我われは資本主義のオルタナティブを示さなければならない。そこで提起されるのが文化だ。マルクスに代わってフロイトが変革の偶像となり、心理こそが主戦場となる。その典型として本書が槍玉に挙げるのが、ナオミ・クラインの『ブランドなんかいらない』だ。大衆のブランド志向を痛烈に批判する彼女の鼻持ちならないエリート意識を一つひとつ摘出していく著者らの手際は見事だ。
だが本書の真骨頂は、そういう反消費主義が生み出した「自分こそは愚かな大衆と違って資本が押しつけてくる画一的な主流文化から自由な左翼なんだ」という自己認識を体現するカウンターカルチャーのあれやこれやが、まさに裏返しのブランド志向として市場で売れる商品を作り出していく姿を描き出しているところだろう。そのねじれの象徴が、ロック歌手カート・コバーンの自殺だ。「パンクロックこそ自由」という己の信念と、チャート1位になる商業的成功との折り合いをつけられなかったゆえの自殺。売れたらオルタナティブでなくなるものを売るという矛盾。
しかし、カウンターカルチャーの末裔は自殺するほど柔じゃない。むしろ大衆消費財より高価なオルタナ商品を、「意識の高い」オルタナ消費者向けに売りつけることで一層繁栄している。有機食品だの、物々交換だの、自分で服を作るだの、やたらにお金の掛かる「シンプルな生活」は、今や最も成功した消費主義のモデルだろう。日本にも、エコロジーな世田谷自然左翼というブルジョワ趣味の市場が成立しているようだ。
彼ら文化左翼のバイブルの一つがイヴァン・イリイチの『脱学校の社会』だ。画一的な学校教育、画一的な制服を批判し、自由な教育を唱道したその教えに心酔する教徒は日本にも多い。それがもたらしたのは、経済的格差がストレートに子供たちの教育水準に反映されるネオリベ的自由であったわけだが、文化左翼はそこには無関心だ。
本書を読んでいくと、過去数十年間に日本で流行った文化的キッチュのあれやこれやが全部アメリカのカウンターカルチャーの模造品だったと分かって哀しくなる。西洋的合理主義を脱却してアジアの神秘に身を浸して自己発見の旅に出るインド趣味のどれもこれも、伝統でも何でもなくアメリカのヒッピーたちの使い古しなのだ。その挙げ句がホメオパシーなど代替医療の蔓延による医療崩壊というのは洒落にならない。
しかし日本はある面でアメリカの一歩先を行っているのかも知れない。反逆っぽい雰囲気の歌をアイドルに唱わせてミリオンセラーにする、究極の芸能資本主義を生み出したのだから。
(ジョセフ・ヒース&アンドルー・ポター著、ハヤカワ文庫刊、1430円)
選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎
濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。