【書方箋 この本、効キマス】第10回 『一九八四年』ジョージ・オーウェル 著/髙橋 秀実
全体主義は変わらずか
戦争はもうやめてください。
ロシアのプーチン大統領に私は訴えたい。砲撃もいい加減にしてくれ、と。ただでさえ私たち人類は自然災害や病気、さらには生活苦に苛まれているのに、なぜそこにミサイルを撃ち込むのか。一体、何をどうしたいのか、と問い詰めたいのだが、アメリカをはじめとする西側諸国も和平交渉ではなく、ウクライナに大量の武器を供与して火に油を注いでいる。お互いに「平和のためには戦わざるを得ない」と主張しているわけで、もはや引くに引けない世界大戦の様相だ。
世界はCO2削減を謳いながらミサイルの応酬を続けるのか。もしや流行の「SDGs」で戦争も持続可能性を探っているのか。
そう疑問を抱いて、ふと思い出したのが、ジョージ・オーウェルの近未来小説『一九八四年』だ。全国民が権力の監視下に置かれた管理社会。なぜか常に他国と戦争中で、その理由が禁断の書『寡頭制集産主義の理論と実践』で明らかにされる。実は戦争とは他国と戦うのではなく「支配集団が自国民に対して仕掛けるもの」。本当の目的は「社会構造をそっくりそのまま保つこと」なのだ。
確かに「戦争中」だといえば、行動や言論を統制しやすくなる。人々も「危険な状態に置かれているという意識がある為、少数の特権階級に全権を委ねることは当然であり、生き延びる為に不可避の条件であると思えてしまう」。要するに、特権階級がその地位を守るために「交戦状態」を維持するのだ。
技術の進歩によって人類は富を増加させた。しかしその富を公平に分配すると、万民が余暇や安定を享受し、自分で物事を考えるようになる。そうなると特権階級の存在に疑問を抱き、やがてその廃止を求めるようになるわけで、それを防ぐためにも富の「破壊」が必要になるというのだ。戦争で破壊して不公平を維持する。兵器の製造は「消費物資を生産せずに労働力を使い切るための便利な一手段」なので、兵器を量産することによって、「世界の過剰労働力を蕩尽する」らしい。
それは間違っている――などと気付かせないために国民には常に「戦争中」であることを刷り込み、「恐怖、憎悪、追従、勝利の興奮」が「支配的な感情」になるように導く。「信じやすく、無知で狂信的」であることが求められ、その方が楽だと思わせれば、しめたもの。「真の恒久平和とは、永遠の戦争状態」であり、だから戦争はやめられないというのである。
本書が発表されたのは第二次世界大戦直後の1949年。旧ソ連の全体主義がモチーフになっているそうだが、それは今も変わらないのかもしれない。
このたび再読してみて気になったのは、その管理国家で行なわれる「二分間憎悪」だった。テレビ画面に裏切者の顔が映し出され、背後には軍隊の行進。国民は画面に映った裏切り者に向かって罵詈雑言を浴びせかけ、日常生活の不満を発散させるという日課なのだが、これは連日報じられる北朝鮮関連のニュースに似ている。画面にはいつも金正恩の顔と軍事パレードの様子。思考統制されているのは自分の方ではないかとゾッとさせるあたりが、今も色褪せない傑作文学のゆえんである。
(ジョージ・オーウェル著、高橋 和久 訳、早川書房刊、税込990円)
選者:ノンフィクション作家 髙橋 秀実
濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。