【書方箋 この本、効キマス】第11回 『家康』安部 龍太郎 著/大矢 博子

2023.03.23 【書評】
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経済視点からみる名武将

 大河ドラマ『どうする家康』が毎週楽しくて仕方ない。家康といえば老獪なイメージが強かったので、松本潤さん演じる若くて頼りない家康が実に新鮮だ。このキラキラしたプリンスがいったいどんな道を辿れば釣鐘にいちゃもんをつけるような狸親父に仕上がるのか、それとも別の家康像が用意されているのか、今からワクワクしている。

 それにしてもここまでど真ん中の〈勝者〉を大河で扱うのは久しぶりだ。かつては信長・秀吉・家康をはじめ、伊達政宗や武田信玄といった有名な武将が多く取り上げられていた。しかし21世紀に入ると傾向が変わってきたのである。

 黒田官兵衛や北条義時のようなナンバー2の位置にいる者、天璋院篤姫や井伊直虎のような女性、山内一豊の妻や吉田松陰の妹ら有名人の家族、新選組や真田信繁といった敗者たち……。天下人や一国一城の主ではなく、自分に与えられた役目を考え、それをまっとうした人たちが描かれるようになったのだ。

 昭和の頃は、歴史小説をビジネス書として読むのが流行した。家康に学ぶ会社経営の云々という類だ。誰もが一国一城の主をめざせた高度経済成長期やバブル期ならそれも良かった。しかし今は違う。成功の秘訣ではなく、自分の役割や自己実現を先人に学ぶようになったのである。今の大河も、否応なくプレッシャーにさらされる若きリーダーの成長物語だ。

 歴史小説そのものも変わってきている。どう成り上がったかという一代記は影を潜め、新たな解釈、新たな視点のものが続々と登場しているのだ。

 家康でいえば、安部龍太郎『家康』が面白い。桶狭間の合戦から物語が始まって、最新の8巻では家康が関白秀吉から江戸へ転封を命じられた時期までが描かれている。

 この一代記の面白いところは、戦国時代に経済の視点を取り入れた点にある。群雄割拠のこの時代、勝つのは新兵器である鉄砲を多く持ち、その使い方に秀でた武将だ。そういう意味では実にシンプルな時代と言える。ではその鉄砲をどう確保するか?

 ただ買えば良いというわけではない。職人の確保のみならず、鉄砲や弾薬の原材料をどう押さえるかが大事になる。火薬の原料は輸入に頼っていたので当然海外との交易もかかわってくるし、港から自分の領地までの安全な流通経路も確保しなくてはならない。

 おりしも世界は大航海時代。日本に鉄砲とキリスト教が伝わったのもそういう時代だったからだ。それをいち早く理解したのが信長であり、だからこそ彼はのし上がれたのだと本書は綴る。とくに2巻に詳しいのだが、信長が海外との交易と領地の商業からどのような政策で利益を生み出したかが具体的に書かれており実に興味深い。

 その信長の薫陶を受けたのが若き家康だ。もちろん人間ドラマもたっぷり読ませる。若き日の不遇や敗戦から得た教訓と、信長から教わった世界経済への目。その両輪で天下人への道を進むのが、安倍龍太郎の家康なのだ。

 かつて山岡荘八や司馬遼太郎が書いたような長尺の一代記は近年あまりお目にかかれないが、もしかしたらこの『家康』は新たな家康小説の定番になるのではないかと期待している。

(安部 龍太郎 著、幻冬舎 刊、税込847円)

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

 濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。

令和5年3月27日第3394号7面 掲載
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