【書方箋 この本、効キマス】第13回 『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』ミア・カンキマキ 著/汀 こるもの

2023.04.06 【書評】
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1年の休暇使い“推し活”

 フィンランド女性が、1000年前の日本の随筆のファンになって“推し”を追いかけて京都東山に行くエッセイ。これだけでもうツカミのパンチが強い。

 前提として『枕草子』はフィンランド語訳されていない。『源氏物語』はある。『源氏物語』を英語訳したものをさらに日本語訳して光源氏が“シャイニング・プリンス”となった『ウェイリー版』が日本で話題になったのは2017年のこと。「ニンジャスレイヤーみたい」と笑えるのは日本にはいくらでも現代語訳があるからで、これしかない国には由々しき問題だったらしい。

 一方『枕草子』は『The Pillows Book of Sei Shonagon』。

 英語の検索に引っかかりづらい。それどころか“Pillows Book”とか言うと中途半端な日本通が浮世絵セクハラジョークをかましてくる。

 熱心な文学者はもっと悪く、「清少納言は紫式部より傲慢で、落ちぶれて晩年は自分の骨や身体を売った」などと言い切り、著者を悲しませる。……意味が取りづらい。これが『古事談』「駿馬の骨をば買はずやありし」のことなら「お前も出世したかったら年寄りを大事にしろ」と説教して相手をやり込めた話で、著者がショックを受けるのは何らかの誤訳があるのでは……。

 それでも著者ミア・カンキマキは東山まで来た。英訳版を大学の講座でちょっと読んでファンになり、自力で英訳版を買って何年もかけて読んで、ノンフィクション作家協会助成金を獲得して1年休暇を利用して――フィンランドの正社員は丸々1年、会社を休める。マジで!? 1000年前の平安風俗より驚いた。

 “推し”を追いかけてやって来たゴキブリの出るゲストハウス、多国籍な同居人は気の良い人たちだが日本好き以外に共通点がなく誰も清少納言を知らない。日本にはまともなチーズがないと嘆きつつ、文中で著者が呼びかけるのは1000年前の宮廷女房の“セイ”――清少納言の本名が推定・清原諾子で由来不明のあだ名“少納言”の方が重要なのは知っているがあえて“セイ”と呼ぶ。

 読んでいる日本人が申しわけなくなるような現代日本の猛暑描写が続くなか、中盤、著者を打ちのめす驚愕の事実が明らかになる。

 「現存する『枕草子』は写本のみ。清少納言の自筆は残っていない」

 なぜ打ちのめされるのか。日本の壮絶な気候では“面白い”だけで平安時代の物体をそのまま保管するのは困難だ。“推し”の痕跡は残っていてほしい。それはそうだろうが。

 歴史にネタバレも何もないので書いてしまうが、藤原道長が書いた『御堂関白記』は原本が残っている。博物館でこれを目にした著者は大変な衝撃を受けた。「男対女は男の勝利!」くらいに書いている。

 が、歴史をかじった日本人は道長より後の藤原摂関家が必死に最盛期の日記を保管して心のよりどころにしていたと考えると冷ややかになる。「そんな良いもんじゃないですよ。“面白い”だけで写本が残ってる『枕草子』の方がすごいですよ」と励ましたい。

 異文化交流って難しい。

(ミア・カンキマキ 著、末延 弘子 訳、草思社 刊、税込2200円)

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選者:作家 汀 こるもの(みぎわ こるもの)
1977年、大阪府生まれ。08年『パラダイス・クローズド』で第37回メフィスト賞を受賞しデビュー。4月14日に最新刊『贋富くじと若さま 煮売屋なびきの謎解き仕度』が発売。

 濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。

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令和5年4月10日第3396号7面 掲載
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