【書方箋 この本、効キマス】第18回 『漢字の字形』落合 淳思 著/髙橋 秀実
変化する絵文字…!?
「生成AI」やら「チャットGPT」やら、テクノロジーの進化は目まぐるしく、とてもついていけません。
などと嘆いてもまったく共感を得られないので、私はスマホ教室に通うことにした。タップの仕方から教わり、写真撮影もマスターし、ついにはLINEも始めることになった。妻に「やらないと寂しい老後が待っている」と脅されてグループに参加したのだが、意外なことに漫画の吹き出しを次々と書き込むようで楽しかった。何やら気持ちも若返り、絵文字まで使うようになったのである。
以前は子供じみているとバカにしていたのだが、よく見ると絵文字はかわいい。使うことで文意は和らぎ、協調性も表現できる。こんな便利なツールがあったのかと遅ればせながら感心し、はたと気が付いた。
そもそも漢字も絵文字ではないか。
遡れば、漢字はもともと絵である。絵が文字化され、そこからひらがなやカタカナも生まれたわけで、すべてが絵文字ともいえる。
そこで読み直したくなったのが『漢字の字形』だ。小学校で習う漢字を古代から丹念に辿っている。その字形変化をひと目で眺められる、いわば字形図鑑である。
同書によれば、漢字は書かれる媒体によって変化してきたという。殷の時代には亀の甲羅などに刻まれ、西周の頃には青銅器に彫り込まれた。そして木簡に細い筆で書かれるようになり、やがて紙に。印刷用に活字化されるなどして形成されてきたわけで、漢字は変化する絵文字。4000年の歳月が凝縮された「タイムカプセル」なのである。
たとえば、「犬」という漢字。右上の点は犬の耳かと思っていたのだが、元の絵を辿ってみると、立った犬の姿からつくられており、点は上顎の部分を指すらしい。犬の犬らしさは上顎ということか。「卵」もついニワトリを想像してしまうが、これも元の絵は「魚類か両生類の卵」。確かに「卵」は絵としてはカエルの卵のようで、オタマジャクシが出てきそうである。「主」は燭台が起源とされてきたが、絵を辿ると元は「灯火」「松明」らしい。「主」の上の点は火を表わしており、そう考えると「主」は防火管理者のように思えてくる。
私が驚いたのは「目」。片目の形を縦にすることで「目」が生まれたのだが、目尻が上になるように立ててできたのが「臣」とのこと。「見張る人」を表わしているそうで、そう言われるとこの目は怖い。なんでも「衆」の上の部分の「血」も本来は横向きの「目」で、これも人々を見張っているらしく、「面」や「首」にも「目」は含まれており、漢字に向き合うと当時の人々と見つめ合うようだ。
著者によると、漢字の変遷には法則性はないという。書きやすさ、形の美しさ、判別する利便性などで変化してきたそうで、恐らくこの先も変わっていく。いや、LINEの絵文字のように漢字は絵に逆戻りしているのかもしれない。
何やら本末転倒のような気もするが、「本」はもともと「木」の根の部分に印を入れた絵文字で、「末」は「木」の枝先に印が入っている。上の「本」が下を指し、下の「末」が上を指す。字形として「本末」は上下が転倒しており、転倒してこその本末らしい。
(落合 淳思 著、中公新書 刊、税込880円)
選者:ノンフィクション作家 髙橋 秀実
濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。