【書方箋 この本、効キマス】第19回 『コメンテーター』 奥田 英朗 著/大矢 博子
真面目ゆえの憤懣解消に
真面目で責任感があり、約束をきちんと守る。それは社会人として当然――のはずだ。しかしそんな真面目な人の方が、往々にしてストレスを溜めやすい。まあ良いか、という考え方ができずに、自分を(時には他人をも)追い込んでしまいがちなのである。身に覚え、ありませんか?
無理なものは無理と割り切った方が楽だし、ストレスは溜め込む前に発散した方が良いに決まっている。時にはハメを外すのも大事だ。しかし真面目な人はその「ハメを外す」こと自体が苦手だったりする。
そんな時、代わりにハメを外してくれるのが、奥田英朗の伊良部シリーズである。読んだら最高にスッキリするぞ。
精神科医・伊良部一郎が主人公の連作短編集で、初登場は2002年に刊行された『イン・ザ・プール』だった。
伊良部のもとを訪れるのは、運動不足解消のために始めた水泳にはまり、泳げない時は逆に体調を崩すようになった男性。常に誰かに見られている気がするという女性。ケータイ依存症の高校生。煙草の火を消したか不安でその度に確かめに帰ってしまい、仕事もままならないサラリーマンなどなど。
藁にもすがる思いの彼らに対し、伊良部はとことんマイペース。注射とフィギュアが好きで、自分の欲望のままに患者を振り回す。プール依存症の患者に、自分も泳ぎたいからとプールの窓ガラスを割って不法侵入させる男なのである。もはや治療ですらなく、ただ伊良部が遊ぶのに付き合わされているだけだ。
だから患者の症状も、治るどころかどんどんエスカレートする。そしてそれがピークに達した時……。
彼らは自分が治っていることに気付くのだ。いったいなぜか。それがポイント。そして読者もケラケラ笑っているうちにいつしか一緒に癒されていくのである。
シリーズ第2作『空中ブランコ』が直木賞を受賞、その後2006年の『町長選挙』を最後に続きは出ていなかったのだが、なんとこの5月に、17年ぶりの第4弾『コメンテーター』が刊行された。
今回も5作の短編が収録されており、そのうち2編はコロナ禍が背景だ。コロナ鬱の問題を扱うため、ワイドショーのコメンテーターとして伊良部が出演することになった。だが彼の辞書に「無難」という言葉はない。誰もが思っていて、でも言えなかったことをズバズバ言っちゃうのだ。これは実に小気味良い!
他に、閉鎖空間が怖くなり交通機関に乗れなくなったピアニストや、リモートの授業が続いたせいで人と直接会うことに恐怖を感じるようになった大学生、マナー違反を目にするたびに怒りを押し込めていたら過呼吸発作を起こすようになった男性などなど。
彼らの共通点は、真面目なことだ。引き受けた仕事はきちんとやり遂げなくてはならない、人と争うくらいなら自分が我慢する、恥ずかしいことはしたくない……そんな思いに縛られて自分を追い込んでいる。
真面目であるがゆえにイライラが多い、という人にぜひお読みいただきたい。「まあ良いか、死ぬわけじゃなし」と思えたらしめたもの。これは現代を生きるあなたに贈る、読む処方箋なのである。
(奥田 英朗 著、文藝春秋 刊、税込1760円)
選者:書評家 大矢 博子
濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。