【主張】判例解説で一歩踏み出す
厚生労働省は、今年3月に作成した「雇用指針」に引き続いて、7月末には「多様な正社員」制度を導入する際に使用者が留意すべき事項を明らかにした。
両者は、わが国裁判所が長年にわたって積み重ねてきた労働判例法理を、幅広い分野にわたってごく分かりやすく解説した、判例ガイドといえるものだ。行政が手掛けた中立的で信頼性の高い判例ガイドとしては、これまで類のない画期的なものである。
例えば、整理解雇について「雇用指針」では、「裁判所では次の4つの事項に着目して、これらを具体的に総合考慮して判断を行っている」とした。その4つの事項とは、「人員削減の必要性」「解雇回避努力義務」「被解雇者選定の妥当性」「手続きの妥当性」であるとし、それぞれに対して考え方のポイントを示した。
「多様な正社員」の留意事項をみると、「勤務地や職務の限定が明確化されていれば事業所の閉鎖や職務の廃止の場合に直ちに解雇が有効となるわけではなく、整理解雇法理(4要件・4要素)を否定する裁判例はなく、整理解雇法理又はこれに準拠した枠組みで判断する裁判例が多い」とし、まずは転勤や配転を打診するのがトラブルを防止するカギとしている。
厚労省が労働判例法理を解説するのは当たり前と思われがちだが、実はつい最近までそのように考えられていなかった。裁判と行政は当然一線を画しており、行政が公の立場で裁判例に解説を加えるのは難しいとされてきた。
民事裁判において労使の勝敗を決する重大なルールを行政が解説するリスクは小さくない。示されたルールに沿って労働者を解雇したら、裁判所に容認されなかったなどという可能性も考えられ、責任問題に発展しかねない。
厚労省は、こうしたリスクを承知の上で一歩踏み出し、2つの判例ガイドラインを作成した。雇用に関するルールの大部分が判例法理で賄われているという事情からいえば、労使安定に資する役割は大きく、評価に値する一歩である。今後もさらに踏み込んだ判例ガイドを勇気をもって提示してもらいたい。