【主張】“自己都合”に賃上げ無用
三位一体の労働市場改革により構造的な賃上げをめざす政府は、終身雇用の慣行を改めようとする姿勢を鮮明にした。指針に続き骨太の方針でも、退職事由で差を付ける退職金のあり方を見直すため、「モデル就業規則」を改正すると盛り込んだ(関連記事=労働移動円滑化 モデル就業規則改正へ 退職金の減額見直し 政府・骨太方針を閣議決定)。
企業にとって退職金とは、基幹人材の離職を防ぎ、定年まで働いてもらうために設ける報酬だ。家族的経営を志向する中小事業主は、いずれ身内の功労に報いるため、退職金のための資金を準備する。法令で義務付けられているわけでなし、設計に注文をつけられる謂れはない。
かつて適格退職年金が廃止された際、多くの事業主は中小企業退職金共済への移行を敬遠した。毎月の掛金負担が生じる点に加え、退職事由を問わず同額が支払われる点が忌避された。懲戒解雇する者や引留めに応じず去っていく者に資金を割くぐらいなら、功労者に少しでも多く報いたいのは人情だろう。規模間の退職金格差は、痛いほど承知しているのだから。
本気で職務給への移行をめざす大企業にとって、事情が異なるのは分かる。一部では人材紹介業者の支援を受け、アルムナイ(同窓生)に対する取組みが広がっている。ただ、転職先とのコネづくりや人脈形成などのメリットは、すべての企業が享受できるものではないだろう。
電子情報技術産業協会(JEITA)は6月、自律的キャリア形成に関する調査報告を公開した。電機大手の担当者らが、いわゆる「ジョブ型人事制度」の下で育成がどうあるべきか検討している。制度採用の条件として「多種多様な職務」の存在を指摘したうえ、導入企業に共通するスタンス――自社内での機会提供を可能な限り行うものの、本人のキャリアと自社で提供できる機会がマッチしない場合は、社外への転身もやむなし――を紹介した。中小企業には到底、真似できない。
終身雇用を改め職務給を普及させたいなら、退職金を廃止し、その分だけ月例給の引上げをめざすのが筋だろう。自己都合時の退職金のみ“賃上げ”するメリットが労使にあるのか、真摯に考えたい。