【書方箋 この本、効キマス】第26回 『江藤新平と明治維新』鈴木 鶴子 著/早川 智津子
佐賀民俗を含めて活写
江藤新平に関する書籍を2冊、紹介したい。
江藤が明治政府初代の司法卿に就任した明治5(1872)年、横浜に寄港したペルー船マリア・ルス号のなかで清国人の苦力(クーリー)が奴隷のごとく虐待されていた。逃げ出した者によって事が発覚し、イギリス公使からの通報を受けた外務卿副島種臣は、神奈川県権令(県副知事)大江卓に託して同船に清国人の解放を命じ、230人を救出した。ところが、ペルー政府が日本政府に対しその損害賠償を請求してきたことから、事件はロシア皇帝アレクサンドル2世の下で国際仲裁裁判に付託される(1875年日本の主張が認められる)。その過程で、ペルー側弁護士が、日本でも人身売買があるではないかと非難してきたため、これを機に、江藤らが政府に建議して人身売買禁止令が発令された(明治5年10月2日〈旧暦〉太政官布告第295号)。同令には以下の内容が定められている。
人身を売買し、終身又は年期(年季)を限って、主人の意のままに虐待して使うことは人倫に背くあるまじきことであり、古来より禁制であるところ、従来年季奉公等の名目をもって奉公をさせ、実際は売買同様の所業に至るはもってのほかであり、今後は禁止すること、商工農の修行のため弟子が奉公することは勝手(自由)であるが、年限は満7年を超えないこと(ただし、双方で和議〈合意〉のうえ延期することは勝手であること)、通常の奉公人は、1年毎とすること(奉公を継続する場合は証文〈契約〉を改めるべきこと)、娼妓・芸妓等の年季奉公人は一切解放すべきこと、それについての貸借の訴訟は取り上げないこと、を守るべきとした。
同令に併せて、明治5年10月9日(旧暦)に司法省達第22号も出されており、人身売買は古来より禁制であり、年季奉公などの名目での娼妓・芸妓等を雇い入れる資本金は「贓金」として取り上げること、人身売買禁止令の発令日より前の娼妓・芸妓の借金・滞納金等は徴収してはならないこと、養女名目で娼妓・芸妓にすることは人身売買であり今後は厳重に処分することとしている。
人身売買禁止令は、民法施行法9条1号により、民法の施行とともに明治31(1898)年7月16日に廃止された。人権の考え方や時代の限界があり実効性は必ずしも高くなかったとはいえ、人身売買を禁止していることや、年季奉公の契約期間を制限していることは、今日の目からみても先見性に驚きを禁じえない。
司馬遼太郎が『歳月』(講談社文庫、上巻924円、下巻990円)で描く江藤は、「明治初年の政治的混乱と蒙昧さのなかにあって信じられぬほどに先駆的」で攻撃的な理論家である。
一方、鈴木鶴子が『江藤新平と明治維新』で描く大伯父江藤新平は、わが身に無頓着で涙もろさも併せもつ真実一路の人である。大正10年生まれの職歴のない「一介の主婦」がカルチャーセンターに通って書いたというが、精緻な時代考証と家族史、佐賀の民俗にも踏み込んでいる。稀覯本だが、電子書籍として購入可能で、司馬本と並行して来年の佐賀戦争(佐賀の役)150周年を前に備えて是非、ご一読を。
(鈴木 鶴子 著、朝日新聞出版 刊、448円税込)
選者:佐賀大学経済学部 教授 早川 智津子(はやかわ ちづこ)
岩手大学を経て現職。専門は労働法、入管法。
濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。