【書方箋 この本、効キマス】第27回 『黄金比の縁』 石田 夏穂 著/大矢 博子
辞めそうな新人を採用!?
30年ほど昔の話だが、同期の結婚式で、学生時代の仲間が卒業から5年ぶりに集まったことがある。
それぞれの近況報告で盛り上がるなか、一同を大いに驚かせたのは、ある企業の人事部で採用担当をしていると言った友人だった。
その友人は学生時代、とても気の良い人気者だったが、「どうしてその人?」と周囲が思うような女性にばかり熱をあげては振られるということを繰り返しており、人を見る目がないという点で衆目の一致するところだったのだ。
それが採用担当? その会社、大丈夫か?
しかし考えてみれば、自分もまた、入った会社にだんだん慣れて社員の人となりが分かってくると、「このダジャレばかり言ってるオジサンが私の採用を決めたのか」とちょっと複雑な気分になったものだ。
こんな昔のことを思い出したのは、石田夏穂『黄金比の縁』を読んだためである。人事部の女性が主人公の中編だ。
エンジニアリング会社に技術職として就職した小野さん。だがある事件が起きて、決して彼女ひとりのせいではなかったのだが、懲罰人事のような形で人事部へ異動になる。
新卒の採用担当となった小野さんは、会社への復讐心からある策略を思いついた。会社にダメージを与えたい、だったら会社にとって不利益になるような新人を採用すれば良い!
面白いのは「不利益をもたらすのはどんな社員か」を考えるくだりだ。普通に考えれば、優秀な社員より凡人の、もしくは出来の悪い社員を採る方が会社には損をさせられそうだ。しかし優秀な社員は転職率が高い。どんな会社からも望まれるからだ。逆に凡人の方が長年勤め続ける――と彼女は考えるのである。
雇って育てるには金がかかる、早々に退職されることこそ会社には不利益だ。だったら早々に辞めそうな優秀な人材を採るのが一番だ。しかしそんなことがエントリーシートと数分の面接で分かるわけがない。どうすれば辞めやすい人材を見分けられるだろう?
その結果、彼女が見付けた唯一にしてシンプルな基準は――と、ここから先は本編をお読みいただきたい。
不当な異動で夢を断たれた社員が会社に復讐を誓う――と考えると何ともダークな話のように見えるが、まったくそんなことはない。この小野さん、とことん理詰めで、機械のような真面目人間なのである。そんなことを真剣に分析してるのかよ、とツッコミたくなるような場面も多々あり。全体にカラッとしたおかしみに満ちているのだ。くすくす笑って読みながら、いやいや小野さん、実はけっこう採用担当のセンスがあるじゃないか、と思うような場面もある。とても楽しい物語なのだ。
そんななかにちらりと覗くJTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー)への皮肉。コミカルななかにも的を射た、人事という仕事のグレーゾーン。終盤に用意されている、思いがけない会社の秘密。そして何より、人を選別するとはどういうことかを改めて考えさせてくれることは間違いない。
合同企業説明会、会社のパンフやポスター、お祈りメールなど、人事あるあるも満載の、楽しくも刺さる一冊である。
(石田 夏穂 著、集英社 刊、1650円税込)
選者:書評家 大矢 博子
濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。