【見逃していませんか?この本】「体験」する前に「解釈」している?/岸見一郎『生きづらさからの脱却 アドラーに学ぶ』

2015.12.20 【書評】
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 「生きづらさ」と一言で言ってみてもさまざまな生きづらさがある。

 人生に漠然とした不安を抱いている人から、リストカットをすることが止められないという人まで十人十色だ。しかし、アドラー心理学は、「人間の悩みはすべて対人関係の悩み」と考える。それは著者が述べるように「自分と同じ意思を持ち、決して力によって支配することができない他者とどう関わっていけばいいか」(同書)というスタンスのことである。家族や友人、上司や得意先も思いどおりにならないからこそ、誰もが日々「どうしよう?」と頭を悩ませ、ない知恵を絞ることに汲々とする……。

 著者はまず、「体験」と「解釈」の思い込みについて解き明かす。

 私たちはある体験をした後に、「あれは嫌だった(良かった)」の解釈をすると思いがちだ。

 けれども、アドラーに従えば、(評者なりのざっくりした例えで申し訳ないが)道を歩いていて黒猫が横切ったとき、「悪い予感がする」と思った人は、「体験」よりも前に黒猫を「不吉なしるし」と「解釈」しているという。つまり、黒猫を見て「あら、かわいい。魔女の宅急便のキキちゃんみたい」と思った人は、もともと周囲の環境に不信感を持たず信頼感を持っているのだ。「解釈することなしに経験するということはない」(同書)というわけである。

 著者はこのような各人の色眼鏡で「意味づけした世界」を「ライフスタイル」と呼ぶ。

 まるでSFのようであるが、同じ家族でも恋人同士でもまったく異なる世界を生きているということなのだ。

 では、ライフスタイルは変えられないかといえば、この事実に気付くことで変えることができるという。「パソコンやスマートフォンのOSをヴァージョンアップすることに似ている」(同書)のだそうだ。

 著者は、手始めに他者の言動に良い意図をみようと言う。

 自らの体験談として母が他界し、父のためにカレーを作った際に父親から言われた「もう作るなよ」を挙げる。著者は、当時それを「まずいからもう作るな」というふうに受け取ったが、のちに「学生なんだから学業に専念して、もう私のために手の込んだ料理を作らなくていいぞ」という意味であったことを知る。

 多くの人が思い当たる挿話ではないだろうか。

 このような心の処方箋がたっぷり詰まった本書は、働く人だけにとどまらず、介護や育児に悩んでいる人や人間関係に行き詰っている人にとっても、スパイスの効いた清涼剤となろう。(N)

きしみ・いちろう、筑摩書房・1728円/哲学者、心理学者。『嫌われる勇気』など。

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