【書方箋 この本、効キマス】第37回 『少年』 ビートたけし 著/木下 麦

2023.10.05 【書評】
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実直に描けば人生は劇的

 北野武は好きな映画監督の一人だ。北野武の映画は、とことん現実主義で冷徹な作品が多い。登場人物は渇いていて、どこか死の臭いが漂う。この世界はみんなが恵まれているわけじゃない。冷静に、かつ誠実に世界を俯瞰して見ている、光が当たる部分だけでなく、光によって落ちる影の部分を描く。ただ、弱者が可哀相だから救済しようとか慰めてあげようとか、そんな意図があるわけでもない。ただそこにそういう人生の人間がいた、映画での役割はその程度なのだ。肯定も否定も下さない。そんな北野監督の誠実な視点が好きなのだ。

 北野監督の『少年』という書籍があって、その中に収録されている好きな物語がある。タイトルは『星の巣』。父を亡くした小学4年の俊夫は、4つ上の兄と望遠鏡で星を見るのが日課だった。母は仕事で忙しく、いつも遅くに帰ってくる。兄弟は寂しさを紛らわすように毎日丘に登っては星座を眺める。望遠鏡は生前の父が買ってくれた5センチの望遠鏡だった。俊夫は学校でいじめに遭っていたが、家に帰ると兄がいつも慰めてくれた。優しい兄と、星座の話をするのが楽しかった。母は早々に恋人を作り、二人の兄弟は新しい父親の気配を感じていた。

 ある日、俊夫が兄とバス停でバスを待っている時、兄の中学校の同級生に出くわした。同級生たちは兄をからかい侮辱し暴行した。俊夫はなすすべなく立ち尽くし、兄は泣きながら家に帰った。俊夫はその時、兄もいじめられていたと初めて知った。恋多き母は新しい恋人と夜の街に消えた。

 傷ついた二人は、凍てつく真冬の夜に家出を決意する。20キロ先にある六甲まで夜の道を大きな望遠鏡を担いで歩く。惨めで、寂しくて、何にもすがることのできない二人は、父と一緒に見た星座を見ることが唯一の拠り所だった。ボロボロになって六甲に着いた二人は、冬の空に広がる満点の星空を見て、しゃがみ込んだ。寒くて身体はうまいように動かせない。父と見たシリウスを思い出し、涙で星が滲んだ。ポロポロと雪が降ってくる。二人の身体に雪が積もる。二人は自分たちの力で生きていくことを心に誓う。そのまま空を眺めて、身体には雪が積り続けた。そんな話である。

 幼いがゆえ自由もなく、少ない手段の中で希望を見出そうとする二人の姿に胸が打たれる。澄んだ空に広がる雄大な星空と幼い兄弟の孤独の対比が美しくも切ない気持ちになる。二人がその後どうなったのか分からない。立ち上がって前に進んだかもしれないし、そのまま座り続けたかもしれない。この話に派手さはなくて、ただ二人の子供の人生を端的に描いただけだ。ただ派手なことがなくともリアルに、実直に描けば人生は劇的なのだと思う。

 僕は仕事が忙しくて行き詰まったとき、この本を読んで頭をクールダウンさせる。読むと何故だか落ち着いてくる。北野武の繊細で優しい文体が癒してくれる。大好きな本だ。僕が生きる世間も、忙しなく容赦がない。疲れた日の終わり、寒空の下に佇む二人の決意に思いを馳せる。

(ビートたけし 著、新潮文庫 刊、税込1307円)

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アニメーション監督 木下 麦 氏

選者:アニメーション監督 木下 麦(きのした ばく)
1990年生まれ。21年にオリジナルTVアニメ『オッドタクシー』で監督デビュー。同作は11月、舞台版の再演も決まっている。

 濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。

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令和5年10月9日第3420号7面 掲載
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