【書方箋 この本、効キマス】第46回 『宗教の起源 私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか』 ロビン・ダンバー著/諏訪 康雄
興味惹く「共同体の人数」
未来は確実に見通せない。けれども私たちは、成就しないかもしれない夢や計画に情熱を傾ける。「いま、ここ、自分」だけの動物と違って、人類は過去を回顧し、現在を省察し、未来を展望して、さらには来世にまで想いを馳せる。
とはいえ、未来も来世も、分からない。だから神仏への祈りや占いが存在し、奇跡や心霊現象にも心惹かれる。著者ダンバーは、人間を見守る高みの霊的世界を信じることを宗教と捉え、「どんな社会にも、なんらかの宗教が存在する」と説く。
きわめて知的な興奮を呼び起こす大作である。霊長類学者、人類学者、進化心理学者として、各分野で大家と目されるまでに至った著者(オックスフォード大学名誉教授)が、知識と技術技能を駆使し、半世紀にわたる調査研究と思索のはてに辿りついた考えを、論理的、実証的に、かつ、門外漢にも理解しやすく説明する。
何よりも、問いの立て方が絶妙だ。①「信仰を持つ能力がなぜ人類で進化し、ほかの動物では進化しなかったのか」、②宗教には「外からの脅威に立ちむかうときに共同体の団結を強める働きもあるが、それはどうしてなのか」と指摘されれば、確かにそうだなぁと好奇心をかき立てられる。
人生では宗教的儀式や教義などに接する機会も少なくない。日本史で習ったように、農民一揆の集会や誓いの場が村の鎮守(神社)だったことを思い起こせば、宗教と村落共同体との関係くらいには気付く。だから「宗教の主な役割は共同体の結束」と指摘されると、そうかと思う。「宗教は人の脳内現象」と説明されれば、個人の幸福感に与える影響や神秘体験の意味も、なるほどと納得がいく。
ダンバーは、該博な知識と最新の研究を押さえ、さらに自身が行った観察や実験なども踏まえて、多くの事例を挙げながら論証を進めていく。その仕方にも、うならされる。霊長類と人類の頭蓋容積から自己と他者の心理状態を振り返る能力(メンタライジング)を推測したり、言語と宗教の発達の関係を論じたり、脳内のエンドルフィンやドーパミンなどと宗教体験とのかかわりを指摘したりなどと、例を挙げればきりがない。
個人的には、人間関係や共同体の人数にとりわけ興味が惹かれた。大まかにみて、個人が信頼する人数は15人くらい、小さな人間集団(バンド)は30~50人、共同体や氏族は150人(50人のバンドが3つ)、それら3つで500人のメガバンド、メガバンドが3つほどの部族は1500人と、産業革命以前の共同体の大きさは長い間、驚くほど一定していたという。「規模と安定性において人間の心理に根差す何かがある」150人はダンバー数として有名である。現在でも、職場組織、小企業、中小企業、大企業の従業員数をみたとき、どこか通じるところを感じる。
原著の題名は「宗教はどう進化したか」。宗教の起源だけでなく、むしろ人間社会と宗教の進化を考察した本である。訳文は読みやすく、原著の註や参考文献があり、索引まで付されている。出版社のそうした姿勢にも敬意を表させていただきたい。
(ロビン・ダンバー著、小田哲訳、白揚社、税込3300円)
選者:法政大学 名誉教授 諏訪 康雄
濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。