【書方箋 この本、効キマス】第47回 『清算』 伊岡 瞬 著/大矢 博子
解散業務担う部長の悲哀
明日、会社がなくなる。
そんなショッキングな帯文がつけられた『清算』は解散が決まった会社で総務部長が巻き込まれる企業サスペンスである。
舞台となるのは大手新聞社の系列会社である広告代理店・八千代アドバンス。時代は、作中に「一年前のリーマンショック」とあるので2009年だろう。
ある日、八千代アドバンス制作部の畑井伸一は上層部に呼ばれ、経営悪化により会社の解散が決まったことを知らされる。さらに総務部長への異動を命じられ、解散にまつわる業務を担当するよう命じられた。
ずっと制作に携わってきた畑井がなぜ、まったく経験のない総務を任せられたのか。それは後述するとして、第1章は、解散に向けて新米総務部長の苦労のあれこれが綴られる。
引き継ぎや解散準備もさることながら、すでに決定事項である解散を他の社員に告げてはならないという緘口令の重圧。総務という慣れない業務への戸惑い。何より、家族のいる社員たちの今後に対する心配。再就職先は斡旋されるとはいえ、同額の給与が保証されるはずもない。社員からは不満も出るだろう。もちろん自分もだ。高校進学を控えた娘の教育費はどうすれば良いのか。
実務以外のそういった苦労が描写され、思わず畑井を応援したくなる。
だが話が大きく動き出すのは第2章からだ。解散後に、畑井は清算会社の一員として残るのである。
本紙の読者には説明の必要はないだろうが、総務経験のない私にとって、清算会社というのは実に新鮮な情報だった。いや、それ以前に倒産と解散の違いも本書を読んで初めて理解したくらいである。畑井曰く、倒産に必要なのは胆力、解散に必要なのは忍耐力、なのだそうだ。
ところがこの清算会社で事件が起きた。現金や売掛金、持株などを併せた2億円が、清算用の口座に入っていた。ところがこの通帳と印鑑が消えたのだ。そしてその日から、経理担当だった社員の行方が分からなくなって――。
問題は清算会社だけではない。グループ企業なのだから親会社の新聞社も乗り込んでくる。社内の人間模様や権力の勾配がリアルに活写され、ページをめくる手が止まらない。
サスペンスの行方だけでも充分読ませるが、何よりこの畑井の描写が良い。彼が総務を任された理由は、人品や能力を見込まれたからではなく、文句を言わずに言うことを聞く、命令には逆らえない、真面目で小心者で利用しやすい人物だからだ。つまりは貧乏くじを引かされたのである。
自分の気の弱さは分かっている。しかしそれでも任されたからには解散や清算について勉強する。気が合いそうにない社員ともなんとかうまくやろうとする。そういう、サスペンスの主人公らしからぬ普通さゆえに、畑井に感情移入してしまうのである。
盗難事件以外にも次々と起きるトラブルに巻き込まれ、その度に右往左往しながらも真相に迫る畑井の活躍をご堪能いただきたい。彼は大きな出世はしないかもしれない。けれど保身に走るばかりの社員のなかで、解散と聞いてまず部下たちのことを心配するのが畑井だ。一緒に働くならこういう人が良いと思ったのだった。
(伊岡瞬著、KADOKAWA刊、1925円)
選者:書評家 大矢 博子
濱口桂一郎さん、髙橋秀実さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週、皆様に向けてオススメの書籍を紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にいかが。