【書方箋 この本、効キマス】第48回 『プーチン重要論説集』 ウラジーミル・プーチン著、山形 浩生訳/濱口 桂一郎

2024.01.11 【書評】
  • list
  • クリップしました

    クリップを外しました

    これ以上クリップできません

    クリップ数が上限数の100に達しているため、クリップできませんでした。クリップ数を減らしてから再度クリップ願います。

    マイクリップ一覧へ

    申し訳ございません

    クリップの操作を受け付けることができませんでした。しばらく時間をおいてから再度お試し願います。

「侵攻の狙い」がここに

 ロシアがウクライナへの侵略を開始してから早くも3年近くが経った。この間、国際政治学者や軍事評論家により膨大な解説が溢れたが、そもそもプーチンは何でこんなとんでもないことを始めたのか、という一番肝心のことについては、いまいち隔靴掻痒の感を免れない。弱い者いじめをする悪者だから、で片付けてしまってはいけないだろう。

 戦争とは正義と正義のぶつかり合いであるとするならば、プーチンにはプーチンの正義があるはずだ。それを知るには、誰かの解説という間接話法ではなく、プーチン自身の肉声に耳を傾けるのが一番良い。そのために絶好の素材が、この500ページを超える分厚い新書版の翻訳書だ。

 プーチンの論説なんか嘘とまやかしに満ちているに違いない、と決めつけるなかれ。いやもちろん、2014年のクリミア併合時に、公式の記者会見ではロシア兵なんかいないよとうそぶいていながら、直後のテレビ生放送の直通電話では平然とロシアの特殊部隊を使ったと語ってみせるなど、そういう戦術レベルのことについては、いくらでも嘘をついて良いと思っているようだ。しかしながら、なぜウクライナに攻め入らねばならないかというような思想の根本にかかわるようなレベルについては、プーチンは本音を、彼にとっての真実を語っている。

 プーチンにとっての真実が全面展開されているのが、ウクライナ侵略の半年前に書かれた「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」だ。プーチンにとって、ウクライナなんて国は本来存在するはずのないものなのだ。なぜなら、ウクライナ人などという民族は存在せず、彼らはロシア人なのだから。1000年前の古ルーシ(キエフ公国)の末裔が、その後の東(モンゴル)と西(ポーランド、オーストリア)からの侵略で引き裂かれていただけなのだ。なのに、マロロシア(小ロシア)地方に住むロシア人を「ウクライナ人」という名の民族であるかのように仕立て上げ、ソビエト連邦の構成共和国をでっち上げたのは、レーニンたち共産党の連中だ。

 そう、プーチンにとってレーニンたちのロシア革命とは、偉大なロシア帝国を架空の民族共和国に切り刻むという許しがたい犯罪行為であったようなのだ。彼は説く。「したがって現代のウクライナは完全にソヴィエト時代の産物なのだ。その相当部分は歴史的ルーシの土地に作られたのをみんな知っているし記憶している。……ボリシェヴィキはロシアの民を、彼らの社会実験のための無尽蔵の材料と見なした。……ロシアは確かに奪われたのだ」と。

 ウクライナ政府をネオナチと呼び、大愛国戦争でナチスドイツを打倒した軍事的栄光を褒め称えるからといって、プーチンは決して共産党時代のソ連を礼賛するわけではない。彼の本領はむしろ、大ロシア主義に満ち満ちた「ロシアのネトウヨ」なのだろう。だからこそ、社会主義の理想を掲げて作り上げられた偽善に満ちた「アファーマティヴ・アクションの帝国」(テリー・マーチンの著書の題名)が、ソ連崩壊後に瓢箪から駒のように新たな民族国家を生み出したことが許せないのだ。

(ウラジーミル・プーチン 著、山形 浩生 訳、星海社新書、税込1980円)

Amazonで購入する 楽天ブックスで購入する

JIL-PT 労働政策研究所長 濱口 桂一郎 氏

選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎

 レギュラー選者3人と、月替りのスペシャルゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。

令和6年1月15日第3432号7面 掲載
  • 広告
  • 広告

あわせて読みたい

ページトップ
 

ご利用いただけない機能です


ご利用いただけません。