【書方箋 この本、効キマス】第49回 『いい絵だな』 伊野 孝行、南 伸坊 著/とに~
痛快な“緩い”美術談義
かつて3年ほど、老舗芸術誌『芸術新潮』で「TONY&INOCCHI マンガ展評ちくちく美術部」という連載を担当していました。毎月1つの展覧会を選んで、その感想を本音でちくちく紹介していくというもの。忖度なしでちくちく言い過ぎたせいで、美術館から出禁を食らったこともありましたっけ。
その連載でコンビを組んでいたのが、“INOCCHI”ことイラストレーターの伊野孝行さんです。漫画のネームや作画まで担当していただきながらも(僕はコマにセリフを埋めるだけ)、ギャラは一緒。この場をお借りしてなんですが、その節は大変お世話になりました。
さて、そんな伊野さんが先輩イラストレーターの南伸坊さんと新たにコンビを組んで、2022年に発刊したのが『いい絵だな』。古今東西の美術について語る対談集、いや、雑談集です。とにかく全編を通じて、お二人は好き勝手にしゃべっています。「現代美術いうのは大掛かりな一コマ漫画みたいなもんですよね」だとか、「超絶技巧の人って、超絶な技巧のとこで安心しちゃうんだよね。安心しちゃってるからつまらない」だとか。その矛先は美術界の巨匠にも名指しで容赦なく向けられます。「ピカソって数も多いけど、けっこう駄作も多い」とか「きっとセザンヌはデッサンもうまいと思い込んでたんだけど、若い時の絵(《四季夏》)を見たら、すごくヘタじゃん(笑)」とか。
美術はなんとなく褒めなくてはいけないような風潮がありますが、そんな思い込みを軽く吹き飛ばしてくれる痛快さが、お二人の会話にはあります。人によっては、最初は戸惑うかもしれませんが、数ページも読めば、クセになってくるはず。時には「うんうん」と頷きながら、時には「えー、でも、自分はそうは思わないけど」と反駁しながら、気付けば会話に参加していること請け合いです。定食屋でテレビを見ながら、好き勝手しゃべっているおじさんたちの会話が妙に面白くて、ついつい耳をそばだててしまう。あの感覚に似たものがあります。そういう意味では、美術鑑賞に苦手意識を持っている方にこそオススメです。
もちろん、お二人はただのおじさんに非ず、イラストレーターとして第一線で活躍する絵を描くプロです。その視点で絵について語っているため、当然ながら説得力があります。“昭和の広重”といわれ、近年、人気が急上昇中の川瀬巴水の絵を“構図の切り取り方がお土産的なつまらなさ”と切り捨てる一方で、元祖ヘタウマ画家とされるアンリ・ルソーの絵を“デッサンや遠近法が狂ってるとか、そればかり言われるけど、光の感じがものすごく出てる”とプロならではの観点で褒めています。
印象派やシュルレアリスムから、イラストレーションまで。二人の会話は話題が尽きず、ページをめくる手が止まりませんでした。読み終わった後も、まだおしゃべりを聞いていたかったほど。かつての相方としては少し寂しい気持ちもありますが、伊野さんと南伸坊さんは、いいコンビだな。
(伊野 孝行、南 伸坊 著、集英社インターナショナル刊、税込2420円)
選者:アートテラー とに~
アートテラーは、「美術を面白おかしく紹介する職業」のことで、日本ではただ一人。著書に『名画たちのホンネ』など。
レギュラー選者3人と、月替りのスペシャルゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。