【書方箋 この本、効キマス】第50回 『ラストエンペラー』 楡 周平 著/大矢 博子

2024.01.25 【書評】
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継承と変革の両立

 時代の変化に伴って、業界全体が大きなパラダイムシフトを迫られる瞬間というものがある。そのひとつが、現在の自動車産業だ。

 近年、内外の大手自動車メーカーによる「エンジン開発終了」のニュースを聞くようになった。環境面からもこれからの自動車はEVが主流となる。多くの自動車メーカーはそれに合わせてエンジン、つまりガソリン車の新開発をやめ、EV化に舵を切っているのだ。

 楡周平『ラストエンペラー』の舞台となる日本屈指の自動車メーカー、トミタも、EV14車種のリリースを発表、ガソリン車からEVへと大きく転換しようとしていた。エンジンの開発部署に新規の仕事はなく、技術者たちはトミタブランドを引っ提げて早々に転職するか、早期退職優遇制度を待っている状況だ。

 しかしそんなタイミングで社長の村雨は、自らが抜擢した次期社長に意外な計画を打ち明けた。自分の最後の仕事としてトミタ史上最高のガソリン車をつくりたい、と言うのだ。

 つくったところで時代には逆行している。さらにトミタの最高車種エンペラーを使うということで価格もかなりのものになる。売れるわけがないし、そもそもなぜ今ガソリン車なのか――。

 最初は、時代には抗えないがそれでも最後に一花咲かせたいという感傷なのかな、と思いながらページをめくった。先のない開発に社内のリソースは割けないと集められたのが、エンジン開発の腕と情熱は誰にも負けない定年退職したOBたちという胸熱展開も、いかにも「男の花道」という感じではないか。

 しかし読み進むうちに座り直した。時代を見据えた企業小説を多く世に出している楡周平が、そんなセンチメンタルだけで良しとする話を書くわけがなかった。

 ここにあるのは、時代の転換点で企業は何を為すべきかという問いかけだ。不要になった技術は捨てるのか。生かせる強みはないのか。継承と挑戦を両立させる方法はないのか。村雨があえてガソリン車をつくろうとした真意が次第に明らかになり、それと同時に予想外の未来が見えてくる。その村雨の思いに車づくりのプロたちが応え、プロジェクトが進んでいく様子にはわくわくさせられた。

 興味深いのは、村雨の計画自体は今さらのように見えるのに対し、それを遂行する過程は極めて先進的なことだ。外部からマネジメントのプロを招聘して、新たな風をどんどん入れていく。海外の企業と提携する。別業界の技術を取り入れる。旧来の成功体験にしがみつき、世界のトミタなのだから今までどおりで大丈夫、ブランドが守ってくれると根拠もなく信じる社員たちを村雨が正面から斬っていく姿は清々しくさえある。社員の価値観こそ最初に転換すべきものなのだ。

 転換を迫られているのは自動車産業ばかりではない。IT技術の発達は多くの業界に変化を要求している。EVに転換という方向性がはっきりしている自動車産業はまだましな方かもしれない。ただ消えるしかない職種や製品も、これから増えていくだろう。

 継承されてきたものを断ち切ることなく前に進むにはどうすれば良いのか。力強い示唆に富んだ企業小説である。

(楡周平著、角川書店刊、税込1980円)

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

 レギュラー選者3人と、月替りのスペシャルゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。

令和6年1月29日第3434号7面 掲載
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