【書方箋 この本、効キマス】第52回 『絵すごろく―生いたちと魅力』 山本 正勝 著/吉田 修

2024.02.08 【書評】
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7000枚収集の結晶

 1874年、クロード・モネの絵は「印象が描かれているだけで、壁紙の方がまだよくできている」と酷評された。同時代、パリ万国博覧会に出品された浮世絵は反響を呼び、ジャポニスムのきっかけにもなって、印象派の画家たちに影響を与えた。この浮世絵のなかにも、長年にわたって子供の遊びと評されてきたものがあった。それが双六である。

 数十個のマスから成る双六は、浮世絵よりも手間仕事であったが、歌川広重も葛飾北斎も歌川豊国も双六作品を残している。なぜか? 庶民が喜んで買ったからである。

 双六は時代の風俗・習慣・価値観を映す鏡であり、上りには、その時代の夢や憧れや希望が見事に表現され、庶民の息吹が伝わってくる。

 アートは異端より発する。やがて、浮世絵は時代とともにその勢いを失ったが、双六は庶民に支えられて、今日までその表現手法が生きている。たとえばボードゲームのポケモン、スイッチ版のモノポリーなどとして。

 著者の山本正勝氏は双六の日本一(=世界一)の蒐集家・研究者であり、大阪の皮膚科の名医でもいらっしゃる。著者は語る。「1963年、京都の古書店で、浮世絵や錦絵の傍らのダンボール箱に、無造作に売リ出されていた江戸時代の墨刷りの木版画である絵双六を見出した。絵双六は浮世絵からみれば異端であり、子供の遊び道具程度にしか評価されていなかった」と。ここから、7000枚もの双六のコレクションと、美の再発見の研究が始まる。そのレベルは東京国立博物館も京都国立博物館も敵うものではない。

 そして、「遊びの種類はこの世に数え切れないほど存在するが、これほどバラエティーに富んだものは他にみつけることはできない。絵双六は永遠に続く」と、今もなお双六愛は熱い。

 著者は、一方で双六を取り巻く環境を嘆く。「双六の展示会用の作品を学芸員の方から求められるが、皆、江戸時代~昭和の戦前までの双六を要望する。現代の双六もとても面白いですよと言っても、学芸員は全く関心を示さない。昔の時代を表す美術資料としか見ていない。現代ものは、私が集めなければ雲散霧消するのは明らか」と。

 本書は双六の文化と歴史を、厳選した双六作品とともに論じるものである。掲載されている双六をいくつかご紹介しよう。

 最古の木版双六「仏法雙六」、17世紀フランスの「JEU DE L’OIE GANZENSPEL(グースゲーム)」、「チベットの絵双六」、「江戸名所一覧双六(二代目広重)」、「鎌倉・江之島・大山新板往来雙六(北斎)」、「役者賑雙六」、「東都流行食通名家双六」、「遊嬉の肌(ゆきのはだ)初湯双六」、「廓の掟(さとのあそび)全盛雙六」、「大丸呉服店案内雙六」、「青森軍隊雪中行軍壽語録」、「横濱交易雙六」、「教育必要幻燈振分雙六」、「新板隅田川競漕双六」、「戦勝國婦人雙六」……。

 双六を観て、読んで、味わうための魅力的な入門書である。私も双六の深い沼にはまってしまった一人である。もう、抜け出せない!

(山本 正勝 著、芸艸堂 刊、税込3300円)

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築地双六館 館長 吉田 修 氏

選者:築地双六館 館長 吉田 修(よしだ おさむ)
リクルートや全国求人情報協会に勤務。95年から双六の収集を開始し、在職中の00年に築地双六館を設立。以降も双六の収集・研究に取り組む。

 レギュラー選者3人と、月替りのスペシャルゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。

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令和6年2月12日第3436号7面 掲載
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