【書方箋 この本、効キマス】第53回 『持続可能なキャリア 不確実性の時代を生き抜くヒント』 北村 雅昭 著/石山 恒貴
変化適応や偶然が成長へ
本書は、大手前大学の北村雅昭教授が「持続可能なキャリア」を初めて日本に紹介した書籍であり、類書がない。持続可能なキャリアは、不確実性を増す環境下で重要性が高まっている概念だが、日本ではまだあまり知られていない。本書により日本でもこの概念が幅広く知られていくことを切に願う次第である。
そもそも持続可能なキャリアとは、第4世代のキャリア理論で、欧州の研究者グループが提唱したものを指す。2015年には、『Handbook of Research on Sustainable Careers』という書籍が出版されている。本書では持続可能なキャリアが、キャリア理論の潮流における第4世代のパラダイムであることに注目している。
第1世代はキャリアを個人、組織、職業に関して個別に捉える。第2世代はキャリアを組織内で捉える。第3世代はキャリアを組織の境界を越えるものとして捉える。第4世代はキャリアを持続可能なものとして捉える。つまり持続可能なキャリアとは、キャリアを組織内と組織外の二項対立で捉えるのではなく、両者を包括し、個人がより長期的にキャリアにいかに対処するかということに焦点を当てているパラダイム(物の見方)なのだ。
そのため持続可能なキャリアでは、長期性と複数の社会空間という観点が重視される。個人は短期のキャリアだけに注目して、自分の資源を枯渇させ消耗しては意味がない。長期にわたって、うまく自分の資源を確保し、むしろ増やしていくことが望ましい。その時には、仕事だけに焦点を当ててもいけない。仕事、家庭、友人、余暇などの複数の社会空間を同様に重視した方が良い。このように個人が社会全体の生態系でいかにうまく対処していくのかについて考えるキャリア理論が、持続可能なキャリアなのだ。
あえて単純化していえば、第2世代は日本的、第3世代は米国的なキャリアかもしれない。他方、第4世代は欧州発である。本書では、欧州発の“第3の視点”に基づき個人を大切にしたい、という著者の気持ちを感じ取れるように思う。持続可能なキャリアを個人が実現するための方法として、「キャリアアダプタビリティ」と「キャリアショック」という理論について解説している。キャリアアダプタビリティとは個人が変化に適応することに、キャリアショックとはキャリアにおける偶然や予期せぬショックに注目した理論である。本書を読むと、この2つの理論が個人を成長させ、それが持続可能なキャリアにつながっていくことが明快に理解できる。
最後に取り上げるのは自己概念の問題である。キャリアアダプタビリティとキャリアショックをヒントにして自己概念を再構築し続けることこそ、持続可能なキャリアにつながっていく。
本書の最大の特徴は、個人へのあたたかい視点だと評者は思う。不確実で難しい時代を個人が生き抜くために、持続可能なキャリアという考え方がヒントになってほしい。そんな著者のあたたかい視点がある本書だからこそ、多くの方に手を取っていただき、新しいキャリアの方向性を考えてみてほしい。
(北村 雅昭 著、大学教育出版 刊、税込2640円)
選者:法政大学大学院 政策創造研究科 教授 石山 恒貴
レギュラー選者3人と、月替りのスペシャルゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。