【書方箋 この本、効キマス】第54回 『この会社、後継者不在につき』 桂 望実 著/大矢 博子
「部下育成とは」など問う
団塊の世代が75歳以上になり、国民の5人に1人が後期高齢者という社会が到来する――それが2025年問題だ。もう来年である。
中小企業庁のサイトによると、2025年には経営者が70歳以上の中小企業が約245万社にまで増加し、その約半数を占める127万社で後継者が決まっていないと言われているそうだ。
会社を閉じたくはないが託せる相手がいない。そんな現実を描いているのが『この会社、後継者不在につき』である。
3編の短編が入っており、すべて独立した話だが、どの話にも型破りな中小企業診断士・北川が登場して悩める社長にアドバイスを送る。
第1章は県内に10店舗を展開するケーキの製造販売の会社だ。父から会社を引き継いだ現社長の岡本正人は65歳。そろそろ後継者を決めたいと考えていた。しかし長男には商売のセンスがなく、次男はお調子者でいい加減。どちらを次期社長にするか決められない。そんな岡本に北川はある意外な提案をする。
第2章は夫と息子を事故で亡くしたあと、ひとりでバッグのブランドを立ち上げた高林菜穂が主人公。細々と始めた仕事が急成長、会社組織にして現在は4店舗を構える他ネットショップにも販路を広げている。
菜穂も62歳になり後継者を決めておかねばと思うものの、候補は「なにもしない部下と、流されてしまう部下と、勝手にやってしまう部下」の3人。安心して任せられる部下がいない。
第3章はがらりと変わって、社員の視点だ。刃物の製造販売会社で社長が急死した。名前だけの取締役だった社長夫人が引き継げるわけもない。そこで社長夫人が選んだ道は海外企業によるM&Aだった。寝耳に水の社員たちは、今後の仕事や雇用がどうなるのか戦々恐々となる。
とくに読ませるのが第2章だ。「できない部下」にイライラし、大事な会社を託せないと嘆く菜穂に北川は「誰かに承継したいと本気で思っていらっしゃいますか?」と問う。なぜ部下を減点方式でしか見られないのか。その理由は菜穂の「自分がいちばん会社のことを分かっている」という自尊心にあるのだ。
だが事態は思いがけない方向に大きく動いた。コロナ禍である。店舗は休業、おでかけ用の高級バッグの需要は減った。そんなとき「できない」と切り捨てていた部下たちが行動を起こす。
本書は確かに後継者をどうするかに悩む経営者の物語だ。だがここに書かれているのは会社承継だけの話ではない。部下を育てるとはどういうことか。部下を評価するとはどういうことか。上に立つことに慣れてしまって、大事なことが見えなくなってはいないか。本書はそう問いかけてくるのである。いや、これはもしかしたら会社の社長や上司のみならず、子どもを育てる親も同じかもしれない。
会社を立ち上げた、育ててきた、困難な時期を乗り越えてきた。そんな世代からみれば、若者はどうにも頼りなく見えるだろう。だが自分だって若い頃は似たようなものではなかったか。先輩が苦笑しながらも根気強く育ててくれたから今があるのではないか。
部下が頼りない、そう感じている人にぜひ読んでほしい1冊だ。
(桂 望実 著、KADOKAWA 刊、税込1925円)
選者:書評家 大矢 博子
レギュラー選者3人と、月替りのスペシャルゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。