【主張】定着促す賃金原資配分を
三十数年ぶりの大幅な賃上げの一方、新卒採用市場ではそれを上回る初任給の引上げが続いている。来年3月卒を対象にした本紙大卒初任給調査では、事務系総合職は25万円弱まで高まった(6月17日号1面既報)。原則として固定残業代を含む首都圏勤務時の水準を集計しているとはいえ、前年比で1万7000円を超える伸びには驚かされる。水準を引き上げた企業の割合は8割近くにも及ぶ。
目覚ましい大卒初任給の高騰は、賃上げの影響だけでは説明できない。たとえば連合の第6回集計(6月5日公表)によれば、定期昇給相当分を除いた賃上げは1人平均で1万648円。他方で大卒/事務技術職の初任給(単純平均)は、全体平均で前年比1万2481円増、1000人以上規模に限れば1万4802円増と伸びている。
一定数の新人確保が欠かせない大企業からすれば、初任給で競合他社に遅れを取るわけにはいかない。ただでさえ人手不足に悩まされるなか、今後はバブル期入社世代が続々と60歳定年を迎えていく。新人の確保・定着は、地場の中小企業と同様に切実なテーマとなっている。
介護大手のSOMPOケア㈱は今春、総合職系新卒者に専用の区分を整備し、入社後5年間に限り年5000円の自動昇給を確保した(6月24日号8・9面既報)。併せて等級別のスキル基準、それらを学ぶための研修コンテンツを100種類以上用意し、介護福祉士資格の早期取得=飛び級を促す。5年間で4割近くが離職に至る現状を打破するため、賃金面からも成長を実感できる仕組みを整えた。
募集賃金の高騰が続くにもかかわらず、人事担当者から若手の離職に対する憤りを聞かされるケースは増えている。民間信用調査会社の東京商工リサーチの調査によれば、退職代行業者から連絡を受けた経験を持つ大企業は2割弱に上るという。
初任給の引上げは、必ずしも定着には寄与しない。むしろ賃金原資を過度に配分すれば、入社後の昇給を抑制する方向に働く。限られた原資を有効に活用すべく、中長期的な視点で工夫したい。