【書方箋 この本、効キマス】第73回 『電車たちの「第二の人生」』 梅原 淳 著/内田 賢

2024.07.11 【書評】
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人間の“再雇用”に似たり

 地方の中小私鉄ホームに見覚えのある電車がたたずんでいることがある。かつて関東や関西の大手私鉄で走っていた電車だ。本書はこのように新天地で活躍することとなった電車たちのドラマである。

 本書の帯の文章が面白い。「前略、みなさん、いかがお過ごしですか。今は働く場所こそ変わりましたが、元気に走り続けています。再会できることを、楽しみにしております」。定年後再就職した高齢者からの挨拶文とまったく変わりがない。もちろん、本書の挨拶の主は高齢者ではなく電車たちである。

 これらの電車たちに地方の中小私鉄から声が掛かるのは訳がある。経営基盤が脆弱なため新しい車両を作れず、中古電車しか購入できないからである。とは言え、中古探しには苦労が伴う。システムや使用条件があまりに多様な各社のニーズを満たす売り物がこれから出てくるのか、出てくる場合でもいつ出てくるのかが分からない。急カーブが多い中小私鉄では車長16~18メートルの短い車両が使い勝手が良い。しかしながら現在のJRや大手私鉄は20メートルが主流であり出物が少ない。東京メトロ銀座線の車両は構造物の制約から16メートルであるが、電気は線路上の架線からではなく地面に敷いた3本目の線路から取る。そのため屋根にパンタグラフを載せた車両を使っている私鉄では購入後に改造が必要となる。改造にもお金がかかる。今でも老朽化している電車で営業している中小各社にとって、次に使う電車探しは苦労の尽きない仕事である。

 関東大手私鉄のグループ企業T社は親会社のみならず多くの私鉄から車両整備や改造を引き受けている。顧客である中小私鉄からは今後どのような車両を必要としているかの情報が入る。一方、親会社である大手私鉄は車両更新で廃車が生まれるが、解体には費用が掛かる。あまり費用を掛けずに不要となった車両を手放したい大手、比較的状態の良い中古を極力安く買いたい地方中小、両者をつなぐのがT社である。商談も成立する。ところが既存の鉄道を使って新天地に運ぶ予定が途中に鉄路がなく、結局、トラックで港まで運んで船に載せ、船下ろし後は再びトラックで先方の車庫まで運ぶ羽目となり、予想外の出費で一波乱ということもある。

 ところで新天地で働く古参電車はいわば旧式のアナログ世代であるが、技術の基本を学ぶには最適の教材となり、その電車をもともと走らせていた大手私鉄社員が研修のため現地をわざわざ訪れることもあるという。高齢の熟練技能者を師と慕って通ってくる弟子を思わせる。

 本書の表紙をめくると今も地方で活躍する電車たちの過去と現在の写真が掲載されている。何やら高齢者の大企業勤務時代と第二の職場に移ってから活躍している現在の姿を見るようだ。もっとも第二の人生は付録や余生とはなっていない。第二の職場が東南アジアなど海外にも広がっている現在、新天地でも周囲の期待に応えて懸命に走っている姿が微笑ましい。

(梅原 淳 著、交通新聞社 刊、税込880円)

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東京学芸大学 名誉教授 内田 賢 氏

選者:東京学芸大学 名誉教授 内田 賢(うちだ まさる)
今年3月末に東京学芸大学を定年退職。専門は人的資源管理論。55歳定年時代の1980年代から企業の高齢者雇用の調査研究に従事している。

 レギュラー選者2人とゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。

令和6年7月15日第3457号7面 掲載
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