【書方箋 この本、効キマス】第76回 『ルポ年金官僚』 和田 泰明 著/濱口 桂一郎

2024.08.01 【書評】
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愚かな攻撃が浮彫りに

 著者は週刊ポストや週刊文春の記者として年金記事を書きまくり、20年前の国民年金保険料未納を巡る騒動のときには、小泉首相の未納情報を関係者から入手して記事にした当人でもある。そういう人がこのタイトルで書いた本とくれば、例によって扇情的な年金ポルノ本の類いだろうと思う人も多いだろう。ところがさにあらず、週刊誌的な筆致で書かれた本書は、誠に真っ当な戦後日本年金史でもあるのだ。

 年金本は大きく3つに分けられる。年金保険とは何かをよくわきまえた社会保障学者や政策関係者が書いた真っ当だが読んでもあんまり面白くない本。年金のなんたるかをわきまえない俗流経済学者や政治評論家が制度を知らないままに経済理論だけで書いた制度攻撃の本。そして週刊誌やテレビがまき散らす年金にかかわるあれこれのスキャンダル=年金ポルノだ。戦後日本年金史、とりわけ過去30年の波瀾万丈の歴史は、この3つの流れが政治的思惑のなかで拗れながら絡まり合って生み出されてきた。その年金ポルノの制作現場にいた著者が、くそ面白くもない年金制度をしっかりと勉強して、無知な学者や政治家による年金攻撃の愚かしさを浮彫りにしているのが本書なのだ。

 本書は小山進次郎局長による国民年金法制定、山口新一郎局長による1985年年金大改正(基礎年金導入)を劇的に一叙事詩の如く描く。通史では淡々と書かれるその政策過程が、数々の回想を重ね焼きしながら情緒的に描き出される。とりわけ司令官の「戦死」のシーンは圧巻だ。だが、その間に挟まれた横田陽吉局長による73年改正が、田中角栄と野党のイケイケドンドンに乗って年金の大盤振る舞いとグリーンピアを生み出し、後代への負債となったことにも注意を喚起する。

 1990年代後半から2010年代前半までの20年間は、制度に一知半解の経済学者がおいしいネタを見つけたとばかりに、一斉に年金の世代間不公平を言い立て、積立制度への移行を主張した時代であると同時に、グリーンピア、タレントや政治家の年金保険料未納問題、そして年金記録の持ち主不明(基礎年金番号へ統合されていない記録)5000万件問題が次から次に湧いてきて、国民の年金不信が高まり、野党の政府攻撃の絶好の材料になった時代であった。

 年金ポルノで名をはせた野党政治家たちが「抜本改革」の名でぶち上げた年金改革案は、彼らが政権の座に就くことによって化けの皮が剥がれる。「幼稚園児のお絵かき、論評に値しない一枚紙の絵、政策でも制度でもない政治的プロパガンダ」は、現実に直面した民主党政権自らによって紙くずのように葬り去られ、自民党への政権交代直前に真っ当な社会保障制度改革への道が再びつけられた。

 民主党政権の「戦果」は、扶養から外れても届出しなかったために保険料未納の主婦たちについて、長妻厚労相の指示により運用で3号被保険者と認めるいわゆる「運用3号」通達を出した年金局の課長を更迭して見せたことと、不祥事続きの社会保険庁を解体して日本年金機構に改組する際、民主党の選挙運動に長年汗をかいてきた社会保険庁の労働組合員たちを懲戒処分経験者として「分限免職」で報いたことくらいだった。

(和田 泰明 著、東洋経済新報社 刊、税込2420円)

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JIL-PT 労働政策研究所長 濱口 桂一郎 氏

選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎

 レギュラー選者2人とゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。

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令和6年8月12日第3460号7面 掲載
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