【書方箋 この本、効キマス】第77回 『涼音とあずさのおつまみごはん』 内田 健 著/神楽坂 淳
「読むつまみ」で家飲みを
家飲みの小説である。それ以外のなにものでもない。特別な能力があるわけでもないし、特別な人間でもないふたりの小説である。
どこにでもある普通の幸せ。そこがこの小説の良い部分である。
今はやっとコロナ禍もおさまったものの、店飲みでは懐も気になる。気の合う夫婦であるなら家飲みも良いだろう。
といっても、特別な珍味が登場するわけではない。たとえば焼きそば。特別凝ったものではない。ただし、夫の涼音はソース、妻のあずさは塩である。麺だけの焼きそばと発泡酒。そしてなによりも伴侶である。
やってみると分かるが、麺だけの焼きそばは美味しい。蕎麦でいえばもり蕎麦のようなものである。良い油で炒めるだけでつまみになる。余計な具がないからするすると酒が進むのである。
夫婦ふたりともばりばりと仕事ができるわけではない。ただ、ごく当たり前の幸せな空間を共有しているだけだ。しかし、当たり前の幸せというのはなかなか難しい。当たり前というのは人それぞれに違うからだ。ただ言えるのは、酒好きにとっては、うまい酒とそれに見合ったつまみがあれば幸せということだ。
値段は安くて良い。わざわざ家で飲むのだ。より安く、シンプルに美味いメニューが良い。贅沢を求めるわけではないからだ。
たとえば梅と胡瓜。これも立派なつまみである。作中ではさらに豆腐を混ぜたりもしている。美味しいものを集めるとより美味しくなるという良い見本だ。
そしてもやし。作中では唐辛子と和えてナムル風にしている。
酒や料理を題材にすると、どこの魚が良いとか、どこの酒が美味いとか、どこか気取った風味が出てしまうものだ。この小説にはそういった気取りはない。目の前にお前がいればそれで良いという小説だから肩が凝ることがない。
原始的な料理が美味しそうだ。個人的にはこの小説の目玉は「コロッケ」だと思っている。コロッケは日本人の心に深く根ざしたご馳走であり、庶民の料理だと思っている。もともとフランス料理「だった」というのは、じゃが芋のコロッケは日本生まれだからである。
明治の頭にはじゃが芋はまだ知られていなかったが、普及に役立ったのはコロッケである。じゃが芋を潰して揚げるだけなのに、これほど心を捕えるものはないだろう。
店のコロッケと家庭のコロッケが違うように、小説においては「作者のコロッケ」なのである。この小説は、いってみれば作者の手料理、心の味のかたまりともいえる。
まだ暑いので外で飲むのも大変である。この小説を「読むつまみ」として気軽にやってみるのが良いのではないか。
そうして食欲を刺激しておいて、作中のメニューを試すのも悪くない。ほとんどの料理が10分以内でできるのだから。
作者の心の味というのは、実際に食べると「美味しそう」なものばかりである。それをきっかけに自作のつまみに目覚めるかもしれない。
夏の暑さを避けてひきこもるときの新たな趣味として、つまみ作りは悪くない。
(内田 健 著、祥伝社文庫 刊、税込737円)
選者:時代小説家 神楽坂 淳(かぐらざか あつし)
1966年広島県生まれ。『大正野球娘。』でデビュー。主な著作に『うちの旦那が甘ちゃんで』、『金四郎の妻ですが』など。最新刊は『夫には 殺し屋なのは内緒です 2』。
レギュラー選者3人と、月替りのスペシャルゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。