【書方箋 この本、効キマス】第78回 『モノ』 小野寺 史宜 著/大矢 博子

2024.08.22 【書評】
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当たり前守る鉄道員たち

 羽田空港と浜松町駅を結ぶ東京モノレール。東京オリンピックに合わせて1964年に開業し、今年で60年になる。

 その節目の年に出たのが、東京モノレールで働く人々を描いた小野寺史宜『モノ』だ。

 第1話は総務部員の女性が主人公。モノレールを絡めたテレビドラマが制作されることになり、駅で撮影や駅員の映り込みについてなど、細かい打ち合わせに臨む。

 この打合せのなかで東京モノレールがどんな場所を走っているかが自然と語られ、利用経験のない読者にもすんなり理解できるようになっているのはさすがだ。

 ただ、この話の中心は主人公が会社に入った動機やプライベートな出来事であり、なるほど、職場小説というよりも個人の物語を描くんだなという印象を持った。

 しかし運輸部の乗務区乗務員、つまり運転士が主人公の第2話、営業部の駅社員、いわゆる駅員さんの視点で紡がれる第3話、そして技術部施設区線路の保守担当者を描いた第4話では、ぐっと仕事の描写が多くなる。プライベートな事情を挟みつつも、どのような段階を経て運転士になるのか、場所柄多い外国人客からの問合せに駅員がどう対応するのか、保守点検がどのように行われるのかなどなど、へえと思うような情報が次々と登場し、瞠目することしきりだ。

 保守担当者にこんなセリフがある。「何か不思議だよね」「レール一本で。柵も何もなくて。なのにこんな車両がこうやってそこそこのスピードで走ってて。でも当たり前に安全だと思ってられるんだから」

 言われてみれば確かに安全が当たり前と思って私たちはモノレールに乗っている。そう思ったときに気が付いた。この小説は「当たり前」を守る人々の物語なのだと。

 本書には、小説やドラマにありがちな大事件は起きない。企業乗っ取りのようなサスペンス展開も、パワハラやセクハラといった社会問題も出てこない。事件といえばせいぜい、初恋の人が自分の運転するモノレールに乗ってきた程度だ。だがそれこそ「当たり前」の日々の象徴である。

 第3話の駅員が、この会社を選んだ理由をこう語る。「一年二年をかけてプロジェクトを成功させる、みたいなものではなくて。一日一日をこなす。今この時間が大事。そういうものがいいな」

 どんな職場でも、長期ビジョンと日々のルーチンの両方がある。そんななかで、鉄道という業界は日々のルーチンを着実にこなすことが求められる最たるものだ。

 事故なく遅延なく運行されて「当たり前」と利用者は思っている。トラブルがあれば責められるが、無事の運行は「当たり前」だからことさら褒められることもない。だがその「当たり前」を守るために、それぞれの場所で日々のルーチンを確実に、誠実にこなす人たちがいる。そのおかげで私たちは「当たり前」に暮らせているのだと、改めて感じ入った。

 物語の最後では、第1話に出てきたドラマが放送される。そこにはちょっとした仕掛けがあってにやにやしてしまうこと請け合い。「当たり前」の日常を当たり前のように守る。派手さはないがそこが良い。そんな人々に光を当てた、心優しい物語である。

(小野寺 史宜 著、実業之日本社 刊、税込1870円)

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

 レギュラー選者2人とゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。

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令和6年8月26日第3462号7面 掲載
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