【書方箋 この本、効キマス】第80回 『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』 今村 翔吾 著/林家 けい木

2024.09.05 【書評】
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配役の妄想進む人物描写

 文字を読むのは好きだが、いわゆる「本好き」に比べれば足元にも及ばない。

 コロナ禍は我われ落語家にも影響を与えた。寄席は閉鎖、落語会は中止、対面稽古さえ憚られる。その結果、私は座布団に座ることを諦め、サドルに跨って都内のあらゆる処へ食べ物を運んだ。一軒家、マンション、アパート、時にラブホテルや大使館。そんなある日、私は配達の少ない時間帯に書店へ寄った。ふと目に留まったのは平積みされている似た表紙絵の本たち。髷を結った男の後ろ姿、漢字三文字の題字、受賞歴や推薦文の帯を締めてズラリ並んでいた。シリーズものか、くらいの気持ちで何気なく第1作「火喰鳥」を手に取り、はじめの数頁を読む。目が文字を追いかける、止まらない、どんどん進んで頁をめくり、序章を読み切って迷うことなく会計を済ませた。

 本作で活躍するのは江戸を守る羽州新庄藩の定火消し(じょうびけし)。通称“ぼろ鳶”。いかなる音も逃さない耳朶を持つ組頭・松永源吾、ずば抜けた記憶力を携える若侍・鳥越新之助、跳躍力に長けた纏師・彦弥、剛腕の元力士で壊し手・寅次郎、あらゆる知識に精通する風読み・加持星十郎。この常人離れした能力を持つアベンジャーズのような男たちが、一度は破綻しかけた新庄藩の火消組織を立て直しながら、難解な事件に巻き込まれていく物語だ。

 そしてこのシリーズに欠かせないのがぼろ鳶以外のキャラクター。源吾の妻・深雪、いろは四十八組や他家の火消し、はたまた実在の田沼意次や長谷川平蔵まで。いずれも魅力的な個性を持つが、不思議なことにシリーズでは年廻りや背格好のみ記載され、顔の造作に関してはほぼ言及がない。ある意味でアニメ化前のマンガに近い感覚で、脳内キャスティングの幅を狭くしない工夫かもしれない。それが証拠に、以前本作を薦めた友人と呑みながら「誰は○○で」なんてそれぞれの身勝手な妄想配役の話で一晩中盛り上がったこともある。

 現在、13作続くこのシリーズの魅力は他にもある。それは江戸の地理や史実を織り込んだ“虚”と“実”のバランスかもしれない。新庄藩の屯所(現=フランス大使館)は南麻布。そこから各所の火事場へ出動する。火消装束は重く、消火道具を担ぎ、舗装されてない道を地下足袋で全力疾走! なんてことは無理だろうが、そこへ実在の町名番地が加わることにより解像度は高く、一層世界観に浸れる。まるで自分も同じ炎を見ているように。

 今にしてみると、ぼろ鳶と出会った頃は、ある地点からある地点へ食事を運んでいた私も移動手段や装備は違えど、彼らと同じように江戸の街を駆けていた。火事を滅す、食事を届ける、いずれも命をつなげることに変わりはない(笑)。

 そして最後に、シリーズ物は未来に向かい物語が進むことが多いが、この作品はスターウォーズサーガのようにさまざまな入り口があり『火喰鳥』よりも古い時代の章、スピンオフ。いずれから接しても今村翔吾氏の筆に喰われること間違いなし。

(今村 翔吾 著、祥伝社文庫 刊、税込814円)

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落語家 林家 けい木 氏

選者:落語家 林家 けい木(はやしや けいき)
1991年埼玉県生まれ。2010年林家木久扇に入門、15年に二つ目昇進。来年3月下席に真打昇進。週刊少年ジャンプで連載中の『あかね噺』の落語監修も担当する。

 レギュラー選者2人とゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。

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令和6年9月9日第3464号7面 掲載
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