“めぐりあい”が財産/伊東社会保険労務士事務所 所長 伊東 優
20人あまりの地元企業で、社長はじめ従業員の皆さんを陰で支えていた奥さん(従業員や私にとってお母さんといった方がふさわしい人だった)の思い出を綴ってみる。
同社から社労士業務を受託して間もなく、20歳代の男性社員が片腕の一部を失うという重大事故が起こった。ある程度症状が固定したところ、奥さんから「本人を会社に呼んだので話をしてもらいたい」と連絡が入ったが、労災補償の話だけでないことは察しがついた。
無言で正座している彼を前に、経験が未熟な私は何を話してあげたら良いか悩んだが、ちょうど、3歳で四肢を失った中村久子さんの人生が綴られた書籍を読んでいたので、彼女の生涯を紹介しながら話をさせてもらった。
ただ、その書籍を渡しながら、「頑張っていってほしい」と言う以外に彼に伝えてあげたい言葉がみつからず、人の気持ちになることの難しさを改めて学んだ出来事だった。
それから二十数年がたったころ、朝から記録的な大雪が降った日のことだ。高速道路は通行止めとなり、国道も踏み固められ、一車線となった道路は畑の中を走行しているような事態となった。
同社へ給与関係の資料を届けなければいけない日だったため、朝4時ごろに事務所を出発して、通常は30分前後で着くところ、同社に着いたのは午前8時。私を見るなり合掌し、涙を流しながら出迎えていただいた奥さんにその書類をお渡しすることができた私は、何か温かいものをいただいたような気持ちで帰路に着いた。
それから数年後、しばらくお会いしていなかった奥さんが亡くなったという連絡が入った。まだまだという年齢にもかかわらずなぜ亡くなったのだろう。そんな思いで通夜に伺った。化粧をされ、休まれている奥さんの前で、ご主人に経緯をお聞きした。一般健診のレントゲン写真にかすかな影があるのを見落としたのか、ガンで他界されたとのこと。今さら診療機関を訴えても妻は戻ってこないので仕方ないという…。
運命を受け入れていく淡々としたご主人の姿から、一層悲しみがこちらに伝わってくるものがあった。
奥さんは信仰心も厚く、毎朝、地元の神社などにお参りし、社員の安全を常に祈っているような人だった。今もどこかで社員の皆さんの安全を見守っていることと思う。
社会保険労務士という職業を通して、日々真剣に生きている方々との“めぐりあい”ができたことは私にとってかけがえのない財産となっている。
伊東社会保険労務士事務所 所長 伊東 優【長野】
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