【書方箋 この本、効キマス】第90回 『五葉のまつり』 今村 翔吾 著/大矢 博子
秀吉に仕えた裏方の苦労
戦国小説の華といえば合戦、というイメージがある。織田信長なら本能寺、徳川家康なら関ヶ原がクライマックスに用意されるのは当たり前、槍働きだの戦術だのに読者はいつも胸躍らせる。
だがちょっと待って。その戦、槍を片手に颯爽と馬で駆けるかっこいい武士だけで成り立っているわけではない。
戦をやるには準備や後方支援がいる。兵糧はどれくらい必要なのか。それをどう手配し、どう運ぶか。馬や甲冑の数は揃っているか。戦場となる村への根回しも要る。実務担当者がいなければ話は始まらないのだ。
今村翔吾『五葉のまつり』は、豊臣秀吉の元でその実務を取り仕切った五奉行、つまり5人の官僚の物語である。
先に言っておこう。舞台は戦国時代だが、合戦シーンはまったくない。だが彼らが秀吉に命じられて成し遂げた数々の難題は、彼らにとっては間違いなく戦だった。
行政を担当する石田三成をはじめ、土木担当の増田長盛。司法を担う浅野長政。財政のプロ、長束正家。そして宗教や朝廷を担当する前田玄以。
これが秀吉の数々の大事業を支え、実現した五奉行だ。物語は秀吉が行った5つの大事業――北の大茶会、刀狩り、太閤検地、大瓜畑遊び、醍醐の花見――をテーマに、この五奉行がどのように仕事をしたかを綴る。
これを現代風に言うなら、〈社長の無茶振りに常に満点回答を出す優秀な総務部、その活躍の陰には汗と涙とプライド、そして胃痛と寝不足があった〉といった感じになる。今、書いてて泣けてきたが。
たとえば突然千人規模の茶会を開くように言われた第1章では、場所探しに始まり、雨のときはどうする茶器はどうすると駆け回る。何より来賓の序列に気を遣う。
刀狩りでは商人の力を借り、太閤検地では長束正家がその算術の才で伊達家との勝負に挑む。
大瓜畑遊びとは、朝鮮出兵の最中に息抜きとして肥前名護屋城で開いた仮装大会のこと。大名同士で演目がかぶらないよう調整したり、舞台セットを作ってほしいという我儘が持ち込まれたり。しかも秀吉が急に褒美を出したいと言い出し、その対策にも駆け回る。その一方で、自分たちも仮装しなくてはならないのだ。お疲れ様……。
どんな職場にも、花のようにめだつポジションというものはある。しかし花がめだつためには葉が必要なのだ。本書の印象深い言葉を引く。
「花を愛でる人は多いが、葉を眺めようとする人は少ない。だが誰が見ずとも葉は生い茂り、やがてひっそりと身を引き、再び花が咲き誇るのだ。人々の笑いを咲かせるため、誰に顧みられずとも働き続ける」
それが奉行だと彼らは言う。なんと誇り高き仕事人たちだろう。裏方なしでは、国も会社も一歩も動かないのだから。
彼らの仕事の様子だけでなく、各話の背後には千利休や家康といった〈敵対勢力〉との駆け引きがあるのも読みどころ。合戦シーンこそないが、魑魅魍魎たちの権謀術数が蠢く戦国の醍醐味はしっかり味わえるようになっている。
また、著者の直木賞受賞作『塞王の楯』とのつながりもあるので、ファンは要チェック。隅々まで読みどころの多い1冊である。
(今村 翔吾 著、新潮社 刊、税込み2530円)
選者:書評家 大矢 博子
レギュラー選者2人とゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。