【書方箋 この本、効キマス】第93回 『孤城春たり』 澤田 瞳子 著/大矢 博子

2024.12.19 【書評】
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幕末動乱期の市民は…

 昨年4月のこの欄で、畠中恵『わが殿』を紹介した。江戸時代後期、借金にあえぐ越前大野藩で財政立て直しに奔走した大小姓・内山七郎衛門の物語である。

 だが江戸時代後期から幕末にかけて、財政難に見舞われていたのは大野藩だけではない。多くの藩がやりくりに苦慮していた。そんな中、財政改革・藩政改革の最も有名な担い手は、備中松山藩の山田方谷(ほうこく)だろう。

 表向きの石高と実際の石高の乖離に先代藩主の放埒な金遣いが重なって、幕末の備中松山藩は収入が年間3万両(約50億円)に対し借財は10万両(約160億円)。利子だけで年収の半分近くが飛ぶ計算になる。

 山田方谷はもともと学者だったが藩主・板倉勝静に抜擢され、元締兼吟味役に就任した。借金先の大坂商人に再建計画を見せながら交渉して返済繰延を認めさせたり、大坂蔵屋敷を廃止して藩直轄の米取引を始めたり。藩士の贅沢禁止、銅山開発、特産品の企画生産などさまざまな手を打って見事にこの赤字を解消、逆に10万両の蓄財まで為したのである。

 と書くと、その具体的な方策を記した小説だと思われるかもしれない。だが、そうではない。澤田瞳子『孤城春たり』はそんな八面六臂の活躍を見せる方谷の近くにいた普通の人々の物語だ。

 第1章「落葉」の主人公は、方谷を嫌っている剣術指南役の熊田恰(あたか)。この第1章が実に良い。

 武士でもないものが殿に気に入られているのをいいことに好き勝手をしていると考え、恰は方谷を斬ろうとする。だが他にも徒党を組んで方谷を狙う一派の存在を知り、彼らの言い分を聞いて目が覚めるのだ。恰を変えたものは何だったかが読みどころ。これは今の政党や会社の派閥問題にも通じるものがある。

 以降、第2章は生家の菓子屋が潰れて寺に入った少年、第3章は女の身でも学問をしたいと考える少女、第4章は砲術を学ぶために江戸に来たが勉強に身が入らない藩士の物語が綴られる。

 それぞれの話で方谷の理念や政策は詳しく語られるが、それ以上に、この当時の備中松山藩の人々のリアルな暮らしが浮かび上がる。そして第5章でいよいよ日本は戊辰戦争へとなだれ込む。

 山田方谷には、財政再建の他にもうひとつ有名なエピソードがある。大政奉還の草案を作った人物なのだ。それだけの人物だったことがここで活きてくる。

 第5章では、それまでの各章の登場人物たちが再登場する。責任ある身分の恰が、女性が、西洋の技術を学ぶ若者が、幕末の動乱の中でどのように翻弄されたか。武士としてでもご公儀のためでもなく、ただ人としての義を貫こうとする備中松山藩の「降伏」には目頭が熱くなった。

 財政再建や藩政改革も大きな読みどころであるのは間違いない。しかし本書のキモは、どの藩にもいた普通の人々が幕末の動乱にどう向き合ったかだ。討幕派・佐幕派という二項対立ではない幕末がここにある。

 それは同時に、いかに努力して藩政を立て直しても、戦が起きればすべては灰燼に帰すという残酷な現実でもある。改革が成ってめでたしめでたしではない、歴史のリアルと「そこにいた普通の人々」を感じとっていただきたい。

(澤田 瞳子 著、徳間書店 刊、税込2420円)

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書評家 大矢 博子 氏

選者:書評家 大矢 博子

 レギュラー選者2人とゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。

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令和6年12月23日第3478号7面 掲載
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